その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「何してるんだい!」
さっきも言われたよ、そんなこと。よく見えていないうちに、羊元の近くまで行っていたようだ。
「犯罪者になるわけにはいかないし、柳崎をここまで追い詰めたのは俺にも責任がある」
それっぽいことは、思いのほか出てくるものだ。すこし得意げになって眼鏡を拭いたが、掛けるとすぐに粉が付いた。きりがない。視界を良くするために、ひとまずオールを振るう。
ぶんっ
風が吹いて、白かった視界に青色が戻ってくる。草たちは白い粉をかぶって、すこし桃色になっていた。見てるだけで鼻がかゆい。
耳をつんざく不快な鳴き声が、黄色の空を裂いた。尾を地面に叩きつけると、キノコが胞子を出すように、草から白い粉が飛び上がる。さっきせっかく粉を飛ばしたのに。
もう一度オールを振り上げる。
「だめだ!」
羊元の言葉を聞き入れるより、オールを下す方が早かった。白が真っ二つに切り開かれる。
開けた視界から、羊元が止めた理由を判断する。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷