その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「有須、そのオールを柳崎めがけて振ってみろ」
ほら、やっぱりそうじゃん。なんでため息つかれたわけ?
不満な、というよりいぶかしがる表情で歩を進める。
「どこへ行く」
「いや、だって、今『柳崎めがけて振れ』って・・・」
「ここからだ」
思わず立ち止った。派手な音のする方に目を向ける。空はまだまだ黄色くて、夕暮れも遠い。大地は相変わらず燃えるように赤くて、白い木は涼しげにすらりと立ち並ぶ。その前で戦う三人。交戦状況は真横からの図で見えるが、直角を持つ三角形を形作るように並んでいるので、柳崎が一番遠くにいる。
どう考えたって、ここから振っても当たらない。
「もしかして、中国古典に出てくる猿の妖怪の武器みたいな感じ?」
いや、実際はもっとちゃんと名前で言った。言ったんだけど、一応こういうところではそういう風に直した方がいいと、勝手に判断しただけだ。
でもサイズが変わるとか、伸びるとか、ともかくその系統ならここからでも届く。
俺のつぶやきの意味が解らなかった宝亀は、吹き飛ばされた拍子に落とした細みの剣を拾った。
「ともかくそれは遠距離武器だ。私の記憶が言うのだから、間違いない」
たまに宝亀の自信が羨ましくなる。俺にもそのくらいの男らしさがあれば・・・って、宝亀は女性だった。失礼、失礼。
オールを持ち直すと、柳崎に狙いを定める。が、交戦中の柳崎が止まることはない。当然だ。止まった途端に、羊元の編み棒に殴られるか、鷲尾の鎖に捕まるかの二択だし。
当然俺はスナイパーじゃないし、流鏑馬の名人でもない。あてられるはずがない。まあ、練習と思って気軽に・・・
ブンッ
思ったよりも重さがあって、予想外に勢いよく振ってしまった。すると。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷