その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「や、ばい!やばい、やばいって!宝亀、俺武器壊しちまった」
卵の殻が感じられない。やばいじゃん。投げる、放る、叩くと、卵にしちゃあいけない行為三連弾。そりゃ、そりゃあ当然壊れるよね。それも粉々に。きっと投げた時点で亀裂が入ってたんだ。どうしよう。
宝亀は本を持ち上げる柳崎に向かって駆けだす。姉さんカッコいいです。カッコいいんですけど、今それどころじゃないです。俺を助けて。
「宝亀!」
「大丈夫だ、手を離してみろ」
姉さん、せめてこっち見て!状況を把握して下さいよ!
「ダメだって、黄身とか白身がデロッて出るって」
だって割れてるんだもの。生卵だったっぽいんだもの、手触り的に。
宝亀の言うことを聞かない俺にやきもきしたのか、鷲尾が走ってきて、俺の手をつかむ。そして力づくでこじ開けようとした。
「ちょ、ちょっと待てって」
「宝亀を信じろ。あいつは嘘を言うやつじゃない」
不安なのと、信じているのは違う話だと思う。心理学的とか、脳科学的とか、そういう観点からは同じなのかもしれないけど、俺は違うと思う。
結構抵抗したんだけど、さすがに体格が違うから、力の差も大きいみたいだ。俺の手が開かれ、その中身が目に映る。
何か、ネバッとしていた。語彙不足で申し訳ない。実際にねばねばしてる感覚はないんだけど、両掌に糸を引いているその感じに対して、俺はその表現しかできない。しかもそれは少し橙色に輝いていて、綺麗というより熱そうだ。あ、溶かした硝子ってこんな感じか?もしかして。
開かせた癖に鷲尾もよく解っていないようで、びっくりしてそれを見ていた。この世界では卵の中はこれだ、というわけではないらしい。ちょっと期待してたんだけど。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷