アイラブ桐生・第4部 41~43
急ぐ旅と言う訳でもないので、折角ですから、
京都タワーの展望台へとやらへ、登ってみることにしました。
京都の町に『はじめまして』のご挨拶をするのも、
また一興だと考えたためです。
展望台からは、市街はもちろんのこと、はるか大阪までが見えました。
足元にひろがる京都の街は、低い瓦屋根がどこまでも
続いている、格子模様の街でした。
所々に光っている高い屋根瓦は、深い緑に囲まれた寺院のようです。
「東寺の塔よりも高いものは立てない」ことを、
長年の不文律としてきた京都の景観は
まさしくに、極端な出っ張りを見せない、平たんすぎる町並でした。
どこかに太古からの歴史の香りも秘めていて、
眠っている時間の長ささえも
なんとなく感じさせるような、そんな趣も
何処かにありました・・・・
景観を堪能してからタワービルへ降りてみると
地下の3階に、朝7時から営業している公衆浴場が有ることを発見しました。
そういえば、ひさびさのお風呂です。
トラックの旅では好き勝手に休息はとれますが、
その反面、風呂には日常的に苦労します。
トラックが大きすぎるために、普通の公衆浴場には駐車ができません。
結局は、特定のドライブインや簡易仮眠所のシャワーなどで
代用をするようです。
希有な出会いとばかり、有無をいわさず風呂へ飛び込みました。
手足を伸ばして風呂に漬かりながら、
ここから思案の時間がはじまりました。
思いがけずの沖縄訪問で、一年以上も時を過ごしてしまった結果、
当初からの目標であった京友禅の世界へは、
随分と遅れての到着になりました。
とりあえず考えをうち切って、湯船で思い切り体を伸ばしました。
「日本人に生まれて良かった」とつくずく実感をするのがこの一瞬です。
ふと思いついたのは、森鴎外の「高瀬舟」でした。
鴨川から流水を引きこんで、木屋町や先斗町を流れたあと、
大阪まで続いている運河です。
その森鴎外の小説の舞台となったのが、この付近を流れている高瀬川です。
そのあたりの散策もいいだろうと考えて、目星をつけるために、
市内の地図を覗きこんで、その地名表示に驚ろいてしまいました。
京都市中京区烏丸夷川上ル・・・下ル
東入ル、西入ル・・・
なんだ、一体これは・・・京都の地図には、番地が書いてありません。
この地に来て初めて知った、京都特有の地名表示の洗礼でした。
碁盤の目のように整然とした縦横の通りをもつ、
京都ならではの地名表記方法です。
京都府庁の正式な住所は、本来ならば『上京区藪之内町』なのですが、
地図上では、上京区下売通新町西入る、と記入されています。
よそ者には、これではまったく理解できません。
ところがこの表記法に慣れてくると、
地図がわりにもなる便利な住所表記に変わります。
表記がそのまま、地図の読み方に変わります。
建物が面している通りの名前と、最寄りの交差点からの位置関係を、
すべて上ル、下ル、東入ル、西入ルと表記をしているのです。
この後になってから、京都の地名を覚えるためのわらべ歌も教わりました。
「まるたけえびすにおしおいけ・・・」
北から順に、主な京都の通りは並んでします。
まるは、丸太通り、たけ・竹屋町通り、えびす・夷川通り
に・二条通り、おし・押小路通り、おいけ・御池通り・・・
という順序で南北に並んでいます。
なお、下ルという表記は縁起が悪いということで、
わざわざ、下の通りの地名を用いて、上ルと書くこともあるようです。
それでも郵便物が普通に届くというのですから、それほど京都の市内では、
ごく当たり前の表示なのかもしれません。
作品名:アイラブ桐生・第4部 41~43 作家名:落合順平