小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

アイラブ桐生・第4部 41~43

INDEX|12ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 


 「おとめ座で、血液はA型。
 きわめて典型的な、真面目人間だと自分では思ってる」

 目を細めて悪戯っぽく笑っているお千代さんです。

 「旦那は、箔屋、(金箔工芸師)だ。
 金箔は京友禅でも使われている伝統的な職業です。
 まぁはっきり言って腕は良い。
 でもさぁ20数年も連れ添うと、もう、いまさらときめきは無くなるし、
 一人娘も社会人になったら、まったくもって寄りつきもしない。
 家付き、年寄り付きでお嫁にやって来て
 気がついたら、おじいちやんは鼻歌で、おばあちゃんはうたた寝の日々だ。
 毎日のメシ作りがつらいし、飽きてきた。
 べつに料理が嫌いなわけじゃないけれど、一日三回も食べなくても・・・・
 なんて、ついつい思ったりしている今日この頃だ。
 あたしって、不謹慎すぎるかな? 」


 てんぷら屋の「順平」のカウンターです。
繁華街の隠れた片隅とはいえ、河原町にもほど近く、
町屋の中につくられたお店です。
てんぷら屋の暖簾とくれば、店に入るのにはそれなりの度胸も要ります。
高いという評判は良く聞いていましたが、この一帯のお茶屋さんや、
小料理屋さんの値段のことなどは、一切わかりません。
来てはみたものの、どうしょうかと二の足を踏んでいたら、
いきなりポンと、背中を叩かれました。


 「遠慮しないで入りな。
 たかが天ぷら屋の勘定なんか、
 よちよち歩きのぼうやに払わせるほど、お千代さんは野暮じゃない。
 さあ、おいで」

 今日は、和装ではなくシンプルな洋服姿のお千代さんです。
でもその胸元には、今日も綺麗に一輪のカキツバタが咲いていました。



 「こらこら。
 大人の胸元を、そんなに真剣な目で見ないでおくれ。
 余り見られると、さすがの私も気恥ずかしい。
 若い娘なら、たっぷり見られても甲斐が有ると思うけれど、
 もう、すっかりと姥桜だもんねぇ・・・」

 しっかりと、勘違いをされてしまいました。
胸に見とれたわけでは無く、見事なカキツバタに見とれていたのです。

 「な~んだ、勘違いかぁ・・・あ~あ・・・・つまんない。
 久々に男に見つめられて、正直やっぱりときめいて、
 ドキドキとしたのに。
 なんだ、ただのあたしの勘違いかぁ」


 納得をしたあげく、今度はカウンターで高笑いをしています。
天ぷら屋の「順平」は、ご主人(金箔師)の
同級生が経営しているお店です。
コの字の形をしたカウンターは、せいぜい5~6人が座れば、
いっぱいになってしまうだろうという、小さな店構えです。


 「4人か5人も来れば商売になるんだから、
 まったくいいお仕事だ。
 わたしなんか、朝から晩まで座ったきりで、たいして稼ぎもないままに
 くたびれきった亭主と、もう4半世紀も過ごしたままだ。
 ああ、絵を描いているだけで、もうこのまんま、
 私の人生は終わりかな」


 「この人は、この界隈では、
 カキツバタのお千代はんと呼ばれているお人で
 友禅染の世界では、ちょっと名の知れた有名なお人です。
 腕はよいのですが、酔っ払うとお人が変わります。
 他はなにひとつ申し分がないのですが、そればっかりが、玉にきずです。
 お千代ちゃん、この子かい。
 川っぺりで絵を描いているという、天才の原石は 」


 「そうそう、私がそこで拾ったの。
 本当に変わっていてね~、もうひと月近くにもなるの。
 この暑いのに、毎日毎日そこの川筋で熱心に画をかいてるの。
 そう言えば、カキツバタばかりを書いていたあの頃の
 私の昔を思い出して、ついつい声をかけちゃった。
 呑める?
 じゃあこの坊やにも、もう一本つけてあげて」