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アイラブ桐生・第4部 41~43

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 京都の盆地特有の気候を持っています。
夏はとても蒸し暑く、冬はすこぶるの底冷えがやってきます。
この日は朝から快晴のままで、気温が青天井のまま
ぐんぐんと上昇しました。
やがて、川辺の柳がそよとも動かないうだるような暑さが満ちてきます。
こういう日には、かならずといっていいほど夕立がやってきます。
夕立が来るその前に、日差しが陰りました・・・・
日差しを遮ぎったのは、ひとりのご婦人がさす日傘でした。



 「今日も書いてるね、ぼうや。 
 うん、(思った通り)なかなかにいい絵だ」


 覗きこんできたのは、お袋と同じ年代と思える和装の女性です。
藍色の作務衣(さむえ)に、さっぱりとした短い髪で、
艶やかで涼しそうな気配をもつ目元が、とても穏やかに笑っていました。
くるりと日傘がひるがえった瞬間、一瞬だけ視線を
横切る見事な花柄が通過しました。
気になりました・・
なんだったんだろうと思って見上げると、


 「あぁ、これかい?
 これは、あたしが描いたカキツバタさ。
 すこし大きすぎて、派手に書きすぎたと思っているけど。
 これはあたしの『代名詞』だよ。
 そうかい、ぼうやは、これを気にいってくれたかい」


 その日傘をもう一度、うれしそうにクルリと回してから、
パタンと閉じて、私の目の前にご婦人が惜しげもなく
さし出してきました。


 「あげるよ。
 ぼうやのいい絵をみせてもらったから、これはそのご褒美さ。
 でもね、問題がひとつだけあるの。
 これは、雨が降る日に使っては絶対にだめですょ、
 ただ書いただけで、防水加工はまだ施してないの。
 まったく他には使い道がないという、ただの日傘です」


 押しつけるようにして日傘を置くと、そのまま立ち去ろうとします。
くるりと背中をむけたとき、作務衣の肩口にも代名詞だと言うカキツバタが
見事にすくっと一輪だけえがかれています。
それがまた、素足の足元の真っ赤な鼻緒の下駄ともよく合っていました。
何か言おうとしたら、そのご婦人に先手をとられてしまいました。



 「そこにある「順平」という、天ぷら屋さんは知ってるかい?
 角を上がって、2本目の路地のちょいと先にある、
 とてもちっぽけなお店だよ。
 あたしはときどき、そこで呑んでいるから遊びにおいで」


 そのまま立ち去りかけて、また振り返りました。


 「あやしいものじゃないよ、あたしの名前は、お千代です。
 このあたりの界隈では、少しは知れた女です。
 そういう坊やも同じです。
 この暑いのに、ひと月近くも毎日画をかいている変わり者だもの。
 もうこのあたりでは、ぼうやもすっかり有名人です。
 どんな絵を描いているのかと興味があったもんで、見せてもらいました。、
 いい絵じゃないか。趣味で描くにはもったいないよ。
 でも、それで飯を食うとなると、少しだけ早いかもしれません。
 あ、それは言ってはいけない、あたしの余計なひとことだ・・・・・
 ごめんねぼうや。気を悪くしないで頂戴。
 そいじゃもう行くよ。
 いつでもいいから、きっと遊びにおいで」



 お千代さんと名乗った女性は、それだけ言うと、
下駄のいい音をカラコロと響かせながら、
その先の角をあっというまに消えてしまいました。
手元には、あたしが描いたというカキツバタの日傘が残りました。
広げてみました。
ワンポイントで書かれた、見事な大輪のカキツバタが一輪あらわれました。
驚ろいたことにそれは、見事なまでの京友禅です。