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空野 いろは
空野 いろは
novelistID. 36877
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安全な戦争

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「異常なし。そっちはどうだ?」

 俺は司令部に指示されたポイントを正確に巡回していく。俺は砲塔がある回転塔上部のハッチから上半身をだし、双眼鏡をのぞいていた。

(異常なしです)
 砲手の沢村が赤外線スコープを覗きながらつぶやいた。状況開始から数時間。司令部から言い渡されたポイントはすべて周ることができた。第一に自衛軍に与えられた任務のほとんどは、こういった偵察まがいの任務ばかりで、実際に戦闘へ参加することはあまりない。

「異常なしです」

 俺は耳の裏を抑えて司令部に報告する。

《そうか。任務は終了だ。そのまま帰投ポイントまで走ってこい》

「了解」

 俺は上部ハッチを閉めながら車内へと戻っていく。

「状況終了だ。帰投ポイントまで移動しろ」

(了解)

 柏木の声が聞こえ、キャタピラと地面がこすれる音が聞こえる。何もない荒野に、日本の自衛軍が誇る最新鋭の戦車の轍が残されていく。

「これで日本に帰れるな」

 骨伝導スピーカは大した代物だ。耳の外側に骨を振動させる装置がついていて、戦車についている通信装置と接続すれば、はるか遠く、地球の裏側まで交信することができる。部隊内の通信ならいざ知らず、快適な通信を約束してくれる。

(帰れるって言っても、まだまだ安心できないですよ)

「それもそうだ。まだまだ戦闘地域なんだからな」

(ねぇ、二曹)

 柏木が妙な声で話してくる。

「どうしたんだ?」

(二曹はなぜ、こんなところにずっといるんですか?)

「どうって、どういうことだ?」

(二曹は確か、数多くの賞詞や勲章をもらってますよね? 大規模な戦闘を経験した優秀な戦車乗りだって、体内での評価も高いです。それに語学研修や情報心理についても勉強されてますよね?そこまで勉強ができるということは、日本で勉強してたっておかしくはないはずです。実際、高校の進学試験も辞退されたそうですし、どうしてこんなところで残っているんですか?)

 それはみんなが疑問に思うことではあった。
 なんで、どうして、お前はここに残るんだ、と。
 せっかくのチャンスを、なぜお前は棒に振るんだ、と。
 こんなところに居たら、いつ死ぬかわからないんだぞ、と。
 みんなに責められた。俺たちは仕方なくここで戦っているが、優秀なお前がここに残っている理由がわからない、と。
 
 語学研修や情報心理など、自衛軍では比較的教育水準の高い教育を行っている。中学進学がかなわなかった子供たちがここに集まってくるので、ある程度の学習目標は訓練期間中に習得することが決まっている。あとは各自で勉強に励み、運よく試験に合格できれば高校に進学することができる。あとは二十代半ばになるまで、いくら嫌だと言っても戦場に配備されることになる。俺がそれらの試験に受かっても、どうしてもそれらより低ランクになる高校進学試験を辞退するのか、誰から見てもおかしなことだろう。

 俺には別の理由があるのだが、それを聞かれたときには違う理由を言うことにしている。

「ここで生き残るためだからだ。生きるための努力を俺はしている。それがたまたま高度な教育を受けることになった理由だ。それに……俺は戦争をする以外、自分でやれることがないんだ」

(夢がない、ってことですか?)

「まぁ、そういうことになる」

 無線が入らなくなり、エンジン音しかない静寂が訪れる。

「つまらない人生だと思うか?」

 俺は静寂に耐え切れなくなって、無線に吹き込んだ。

(いえ……)

 柏木が困惑した声を返してくる。作戦中に無用なことだっただろうか。俺よりも三つ年上の沢村は、じっと押し黙ったままだ。

(夢がないなんて、悲しいと思います)

 いっそう、消え入りそうな声だった。骨伝導スピーカでさえ、聞き取りづらい音声だった。

「そうかもしれないな」

(別に理由があるんでしょう? それを話してくださいよ)

 柏木は請うように聞いてきた。俺はそれに応える時間がほしかった。

「俺は……」

《敵影を視認。前方、十キロだ》

 最優先で入っている司令部からの無線が、俺の答えをかき消した。一気に戦闘モードに切り替えた面々は、ラジャーと機械的な返事をした。

《敵影は二十から三十。明らかに武装集団だ》

「了解」

(交戦を、許可する)

 その言葉が指揮官から出た瞬間、俺たちは兵士独特の殺気を放ち、敵集団を殲滅させるための命令を出した。
 
普通、ここにいる敵とはゲリラだ。俺たちと同じくらいの歳の少年少女がアサルトライフルのAKを持ち、戦車だろうとヘリコプターだろうと悠然と立ち向かってくる。俺たちは彼らを殺すために派遣されてきた。
 
 彼らを憐れんでいる暇はない。俺たちも同じ立場で、敵同士として戦っている。どんなに戦力差があろうとも、戦うのが俺たちの役目だ。

「スティングバグを放て」

 砲手の沢村に命令を下す。

(了解)

 その言葉と同時に、後部ハッチが開かれる。敵はここから八キロ先に潜んでいる。敵を効果的に殲滅するために投入された兵器が『スティングバグ』で、和訳すると『カメムシ』の名の通り、正立方体の背中に機銃を携え、地面を複数のローラーを使って命令されたポイントまで這うように進んでいく。この戦車に搭載されたスティングバグは四台。従来の戦車が投入される作戦では、歩兵が必ず随伴して作戦に参加していたが、今の時代は制御されたロボットで敵の無力化を図る。

 戦車の火力と、小回りの利く無人兵器。日本のような先進国は、兵士をなるべく死なさない工夫を凝らして戦場へと赴いている。もはや先進国と後進国の格差は異常なほどまで開き、先進国の兵士が死ぬことは後進国の兵士が千人死ぬのと同義になっている。

 スティングバグは経験豊富な陸曹が担当することになっている。沢村は部隊内でも優秀な成績を誇るプレイヤーだ。

 スティングバグの動かし方はいたって簡単だ。各々のスティングバグに自分のやりたいことのイメージを直接、脳から送信する。そのためプレイヤーはモニターを見ながら思念するだけで攻撃を加えることができる。俺も操作したことはあるが、やっている本人ですらゲームだと錯覚してしまうほどだ。
 
 体内に埋め込まれた小さなICチップは、兵士の技能に合わせて多様な任務を補佐してくれる。これも先進国の兵士が戦場においていかに高価かがわかる代物だ。

(敵集団を捕捉)

 スティングバグを放ってから十分。沢村が無線通信で報告をしてくる。

「人数は?」

(二十四人)

 この無線通信は、司令所と繋がっている。私的でプライベートな発言でさえ、交信記録として保存されていく。それらの情報は報告書にまとめられ、そのうち消去されるが、さっきの馬鹿騒ぎした内容も克明に記録されているとわかると、気分がなえてくる。

 俺はモニターに映っている人影を視認した。その中には、俺と同い年かそれよりも下の少年が混じっている。明らかに日本では幼稚園に入っているであろう子供も、銃の手入れをしていた。

(どうしますか?)

 沢村が聞いてくる。俺は司令から交戦許可を受けている。そして今回の命令は殲滅することが主な任務だ。
作品名:安全な戦争 作家名:空野 いろは