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空野 いろは
空野 いろは
novelistID. 36877
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安全な戦争

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 俺が小学五年生の時、家は火事になった。
 火事の原因はタバコの火だとか、ストーブにカーテンを近づかせたとか、不始末な火だとか、そんなもんが原因ではない。その当時、一気に流行ったことがあった。大流行と言っても差し支えないだろう。日本全国で――いや、世界全体ではもうすでに流行の真っただ中だったから、日本が流行の最先端ではない――テロ事件が起こった。しかも無差別に。
 今まで平穏という言葉を体現したかのような日本でも、ついにテロ事件が起こった。最初警察は一連のテロを「事件」と呼称していたが、誰の目にもこれはテロ行為だという事がわかった。連日連夜、時と場所を選ばず炸裂する爆弾。その数は江戸川の花火大会より少ないとはいえ、人間を殺傷する目的で作られたそれらは、人々をあまねく平等に恐怖に陥れた。時には省庁が集まる霞が関で炸裂したこともあった。
 政府は自衛軍――そのころにはすでに自衛隊から改名されていた――を動員し、日本も混とんとした世界にやっと仲間入りを果たした。
 俺の家が燃えたのは、ちょうどそんな時だった。俺が寝ている間に爆弾は起爆し、家を丸ごと全焼させた。たった百グラムの焼夷爆弾は、家を燃やし尽くすのに十分だった。あちこちに火が飛び火し、隣の家も反証する被害を被った。弟を含めた家族は、俺を残してみんな死んだ。お父さんもお母さんも、弟の雄介も。弟は小学校三年生で、両親の趣味は旅行に行くことだった。ちょうど一週間後、伊豆半島に旅行へ行くところだった。
 俺だけが生き残った。家から何とか這い出た俺は燃え盛る家を見ていた。網膜にその時の光景が焼き付き、今でも鮮明に思い出すことができる。もし写真に現像することができるなら、どんな高感度カメラより画質がいいはずだ。
 闇の中に強烈なオレンジ色の炎がきらめく。それは戦火の炎だった。美しく、凛としている、俺がこの中東に来てから幾度となく見た純潔な戦いの証だった。
 これを仕掛けた奴の真意を聞こうとは思わない。なぜなら出会った瞬間に眉間を撃ち抜きたいからだ。理由は何でもいい。どうせ納得できるわけないんだから、この悲しみが昇華してできた怒りを何とかしたかった。俺は俺自身にどうかしちまったのか、と疑うほどだった。
 警察と消防のサイレンが聞こえてきても、俺はその場から動かなかった。消防隊員に無理やり引っぺがされてようやく動くことができ、俺はそのまま救急車で家を離れることになった。それから一度も家には帰っていない。帰りたくなかった。帰れば俺が何で生きているのかを考えずに入られないからだ。
 警察がやってきて、事の次第を聞いた。その時の警官からの状況説明は頭に入らなかった。とにかく俺以外の家族が死んだことが信じられなかった。俺はいつでも病室の扉を見つめていた。扉の向こうからひょっこりお母さんが現れないものかと、何度も思った。もしくはお父さんでもいい。いつもみたいに下らない映画のことで盛り上がったりしたい。いつもはうざいと思っていた弟の雄介でもいい。今ならあいつの好きな戦隊ヒーローものの話を永遠と聞き続けられると思う。
 でも俺の病室を訪れたのは小学校のクラスメイトのみんなと、学校の担任と校長、親戚の叔父と叔母、祖父母、ダークスーツを着込んだ刑事、テレビの取材、美人じゃない女性看護師……。
 俺の失望は深まるばかりで、それと同時に、だんだんと疲れてきた。葬式の話も、取材を断る話も、刑事からさんざん聞かされる質問も、クラスメイト達と接しているときも、医療とは思えない注射針を人体にさす行為も。
 俺はなんだかわからなくなっちまった。何にも感じず、ただ流れる日々が続いた。窓の外にある景色は移ろい、桜の葉が散り、雪が枝につもり、花が咲いた。テレビでは連日テロ事件のことを報道していた。楽しみにしていたバラエティ番組も消え、ニュースばかりになった。
 もはや国内に安全な場所などなくなった。認証社会が与えた恩恵は、財布を持ち歩かなくてもよいという事だけだった。簡易爆弾の作り方はネットで検索すればいくらでもヒットする。情報化社会の中で、無意味なものだけが増えていく。使い方を知らない人間が、価値のない情報を増やし、本来の使い方をしなくなる。だから街中で爆弾が破裂するんだ。ダイナマイトを作ったノーベルが戦争をする人間に失望したのもうなずける。
「お前はどうするんだ」
 爆発事件から半年。小学校では中学校に進学するか自衛軍に入隊するかの二択を迫られていた。中学に進学する奴は入学試験を受けるし、自衛軍に行くやつは勉強せずふらふら遊んでいる。親の気持ちとしては自衛隊に入隊なんてしてほしくないのだろうが、子供は勉強が嫌だから「自衛軍でいいや」と投げやりである。
「自衛軍に行きます」
 俺は叔父の家に移り住んでいた。叔父たちは俺に愛をもって接してくれるのだが、俺はなんだか場違いな気がして、いたたまれないような気分になっていた。もうあの家には居たくない。でもほかに居場所があるわけでもない。ならいっそのこと自衛軍に行こうかと、なし崩しに決めたようなものだった。
 担任教師はじっと俺のことを見た。それでいいのか、と担任は言った。
「いいんです。あんまりあそこに居たくもないし」
 どうせなら日本の外に出て――中東に行く任務があるからそれに参加してみたくもあった。もはや日本だからと言って安全な場所はどこにもない。戦場こそが真に安全な場所である、と電車内の中つり広告はそう告げていた。俺はそれを見て妙に納得していた。
「田崎のご家族が死んでもう半年になる。こう言ってはなんだが、親戚の肩を余計に心配させるだけじゃないのか?」
「テロ事件で死んでも、交通事故で死んでも同じようなもんでしょう? どうせ死ぬんだし」
 テロ事件という言葉は安易に使ってはいけない。使っただけで空気が重くなるし、急に白けてしまうのだ。
「確かにそうだ。人間いつ死ぬかわからない。俺だっていきなり心臓発作を起こすかもしれない。でもな――」語る担任はいつになく冷静に、そして迫力があった。「お前を心配してくれる人がいるんだぞ。お前がいるだけで、今日も明日も頑張ろうと思えるんだ」
「そんなことない!」
 俺はどうしても譲れなかった。こんなにも息苦しい生活から離れるんだったら、どこへだって言ってやるし、どんな辛いことでもしてやる。だからここに居続けるのは勘弁してほしかった。
「俺のこと心配してくれているだって! そんな奴はもういないよ! どうしてあんたにわかるんだよ!」
 今思えば、あれは彼なりの優しさだったのかもしれない。でも落ち着くなんてことができなかった。俺は一人だし、これからも一人だ。俺のことなんて忘れてしまって構わない。だからどうか、放っておいてほしかった。そう、思っていたんだ。
 職員室から走って出ていく俺を、担任は呼び止めたり追いかけたりしてこなかった。心の底でそう思うってことは、もしかしたら止めてほしかったのかもしれない。

作品名:安全な戦争 作家名:空野 いろは