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空野 いろは
空野 いろは
novelistID. 36877
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安全な戦争

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 俺も考えていた。始末書を書きながら、はたして俺は一体なんなのだろうかと。検査項目の中には精神鑑定も含まれている。ソーシャルワーカーと話し合い、そして精査され、その報告書が俺の直属の上官やそのまた上の幹部に届けられたはずだ。
 俺の検査報告書には何が書かれているのだろうか。精神異常をきたしているのか、はたまた精神異常を感知できない社会病室者なのか、もしくはもう精神が崩壊しているのか。俺には、俺自身に自問自答してもわかりはしない。
綾乃に問われても、俺には分からない。もし俺から答えを知りたかったら、カルテでも盗んできてくれ。俺の大切なところも恥ずかしいところも切なさも何もかもが詰まっているぞ。
「でもな、今やるべきことはわかってるんだ。こればかりは、俺の今後にかかわる」
「今後って何よ? 死ぬ準備?」
 死ぬ、という言葉は安易に使ってはいけない。ここは戦場だから、たとえ駐屯地内にいたとしても死ぬかもしれないという緊張感が漂う。
「そうだな、人は死に行く生き物だ」
 バカ、という単純な罵り声が俺の病室に響き渡る。幸いここは個人部屋だ。誰にも迷惑は掛からない。
「なんとでも言え。俺は理不尽な環境でも仕事を遂行する訓練を受けている」
 綾乃は押し黙る。俺の答えに呆れたのか、今日何度目かのため息をついた。
「あんた、部下が死んだのよ? 特に柏木士長なんて、あんたより年下じゃない」綾乃は目に涙を浮かべていた。「あんなにいい奴だったのよ? あんただって弟みたいにかわいがってたじゃない。高校の進学試験に受かって日本に帰れることが決まった時に、あんたは一緒になって馬鹿騒ぎしてたじゃない。どうして苦しくないの? 仲間が死んだのに、あんたはよりひどい目にあったのに、どうしてなのよ!?」
 普段は決して感情を出さないのに、今日に限って綾乃は俺に向かって泣いた。こんな姿をさらけ出すなんて、こいつも相当重荷を背負っていたのかもしれない。
 こんな時、俺は何と言ってよいかわからない。もしくはこのまま何も言わず、ただ抱き寄せるのが正解かもしれない。でもそんな俺の思考をよそに、口は脳の命令を聞いてはくれなかった。
「俺も辛かったさ」
 よくもこんなほらがふけるなと、俺は内心感心していた。
「たくさん泣いた。だからもう、泣きたくないんだ」
 これが最善の策なのだろうかと、俺はそばにあったティッシュを綾乃に渡した。
「ありがとう」顔を伏せ、素早くティッシュを使って顔を拭く。
 チーン、グシュグシュ、と鼻をかむ音を大真面目に聞きながら、本人がこのことに気が付いたら恥ずかしくなって穴を永遠と掘り続けたくなるだろうなと思う。あえて言わないが。
 そういえばあの村でも恥ずかしいことをたくさんやったなと思い出す。部下を殺され、戦車を破壊され、どうしようもなくなったところをアンナに救われた。俺は助けられたことに安心しきって彼女のことを信じ、心を許して泣いたりもした。村が焼き滅ぼされる前に彼女に打ち明けられたことを、俺は今でも鮮明に思い出すことができる。そして村人全員が殺されていき、最後にナパーム弾ですべてが終わった。今思えば俺がジタバタしたところで、何も変わりはしない。柏木と沢村が死んだことも、村人が死んでいったことも。
ただの聞き分けのない子供のようだ。
「そういえば、聞いた?」
 綾乃がティッシュで顔を拭きながら、尋ねてくる。
「柏木士長と沢村三曹の見送りがあるって」
「見送り?」
「そう、輸送機に乗る彼らを送るために、幹部や私たちが出席するの。聞いてないの?」
「ああ……。そんなことがあるのも初耳だ」
「嘘でしょ? 駐屯地内ではもう、この話で持ちきりよ。それに明日あるの」
「明日だって?」
 俺はますます信じられなくなる。そんなことをするなんて本当に聞いていない。
「いつから……」
「明日の正午。C‐1輸送機が出る」
「俺は、どうなるんだ……」
 俺は銀色のボディを輝かせる輸送機に二つの棺が第二空挺団の隊員によって運び出される光景を想像する。音楽科が楽器を演奏し、警務科が弔意を示す掲げ銃の敬礼と弔砲を撃ち鳴らす。空の棺には日章旗がかけられ、死んだ息子の帰りを待つ家族のもとへと届けられる。
本当は生きて日本の土を踏み、学生服を着る予定だったはずだ。
本当は今頃、隊舎の中で下らない雑誌を読みふけっているはずだった。
棺の中に何もないと遺族は知っているのだろうか。俺が、俺だけが生き残っていることを遺族は知っているのだろうか。こうして始末書と訓告で済んでいる俺を知っているだろうか。
「俺には出る資格がないと、そう言っているのか……!」
 握り拳を作った。病院で大人しくしていろという事は、お前は何もする資格はないと言っているのか。ただそこで書類仕事をしていろと、そういう事なのか。
 思えば俺が悪いのであり、上層部の幹部としては出席させないことがささやかな復讐であるかもしれない。
 でも、それでも、仲間をボイコットするような動きはなんだ。俺だって戦ったんだぞ。必死に訓練をこなし、いっぱしに任務を遂行できるようになった。確かにミスをした。俺の指揮能力が欠如しているから二人は死んだ。俺が攻撃対象を庇護するような動きを見せたから罰を受けた。
 そんなに悪いのか。ルールを破った俺が、ここにいることが。
「くそったれ……!」
 俺は布団を勢いよく剥いで立ち上がり、部屋を出ようとした。静脈暗証キーで開錠し、外に出ようとした。だが何度叩いても、鍵は開かない。ドアノブを回しても鍵はかかったままだ。何がどうなっている? ここから出られない?
「おい、香山! ここを開けろ!」俺は振り返って再度叫んだ。「ここを開けるんだ!」
 綾乃はうろたえて、どうしていいかわからないようだった。
「こっちへ来て開錠しろ! お前ならできるだろう!」
「無理よ。私には権限がない」
「何を訳の分からないことを……」
 そこではたと気づく。この静脈認証でも、網膜認証でも、監視カメラ、盗聴器、拡張現実。あらゆるものが上層部の意向によって管理されている。俺という個人、綾乃という個人が、システムによって管理されている現実。この駐屯地内では、個人のプライベートは保障されない。
「たとえ二人で出られても、刑務官がすぐに駆けつけてきて私たちを取り押さえる」
「そんなのはわかってる! 何でもいいから、一言言わないと気が済まないんだよ!!」
 俺は無機質なスチール扉を叩いた。ゴンゴン、と音が鳴り響く。廊下にも響いているはずだが、刑務官が駆けつけてくる気配はない。
「無理だって……」
「うるさい! 俺は、俺は……」
 ドアを殴るのをやめて、またもや何をやっているんだと思う。
 こうやって絶対的な階級社会にあらがったとしても、個人には何もできないとわかっているのに。どうして俺はお子ちゃまなんだ。それに空の棺を見送る儀礼に出られないからなんだというんだ。あそこにはあいつらはいない。今でも砂漠が荒涼と広がる大地でバラバラになって眠っている。記すべき墓標も何もない場所で、孤独に、ひっそりと。
作品名:安全な戦争 作家名:空野 いろは