安全な戦争
「村長!!」
彼の家の中に、村長はいた。しかし彼は血を流して倒れており、腹からは血が止どめもなくあふれだしていた。
「おお……、お前さんか」
「俺は、俺は……」
「いいんじゃよ。お前さんに罪はない……」
「でも!!」
「悪いのは全て大人じゃ。お前さんたちを巻き込んだわしらのような大人たちが、一番責められるべきなんじゃよ」
「もう喋らないでください。今から止血をします」
「いい。自分の体は、自分がよーく知っておる」
血があふれていく。俺が常に来ていた戦闘服は、村長の血をよく吸った。どす黒く変色していく。
「最近は体が言うことを聞かなくてのぅ。寝ても疲れる日々が……続いておったんじゃ」
やめろ。もう喋らないでくれ。それ以上喋ったら、俺がどうにかなりそうだ。せめて、罵りの言葉を言ってくれ。こうなってしまったのは俺が原因だ。俺が仲間を見捨てて生き残り、アンナに連れてこられなければ、こうなることはなかった。他の大勢の住人が、問答無用・無差別に殺されることなんてなかったんだ。
「なぁ……一言だけ、聞いてはくれまいか」
村長が最後の力を振り絞って、呟いた。俺は罵りの言葉を受け止められるという羨望の眼差しを向けたが、彼は百八十度違う言葉を吐いた。
「止まるんじゃない、歩き続けるんじゃぞ」
俺はなんて言おうかと思った。彼の腕を限りなく強い力で握るしかできていない俺には、こんな言葉を言うしかできなくなった。
「俺には何も……何も……」
背後で、無人兵器の起動音が聞こえた。それと同時に数人の人間の足音が聞こえ、俺の背中に声がかけられた。
「サージャント・タザキだな。迎えに来たぞ」
おそらく連合軍の兵士だ。ここを焼き払った、俺と同類の軍人たち。
「うぉおおおお!!」
振り返りざま飛び込み、兵士に覆いかぶさった。俺の予想外の行動に対応できず、マインドポジションを取られる。
俺が馬乗りになって殴りつけようとすると、他の兵士が俺のことを取り押さえる。地面にたたきつけられ、拘束される。
「やっぱり狂ってる、ジャップは」
「早く連れて行け! 時間がない!」
俺は担がれたが、必死に抗った。
無駄だとわかっていても、じたばたと暴れた。
遠く、向こうでは無人兵器が殺戮を行っていた。機銃弾を容赦なく住人に撃ちこみ、次々に殺していく。
それは俺がやっていたことと変わりはしない。戦車の中で見た、無人兵器を通じてみたモニター群。確かにそこでは殺戮が行われているのに、俺はゲームと錯覚しそうなその画面に、言い聞かせながら見ていた自分がいた。
これは本当なんだ、と。俺が今命令したことなのだ、と。
今の光景は、俺が初めて当事者となった戦闘だ。村の人たちと少なからず平和な時間を過ごしたあの場所で、より現実視点に体験する戦争。それは本当の意味の戦争だが、俺は知らな過ぎた。知っているはずなのに、知らなかったんだ。
「あ、ああ……」
俺はヘリコプターに乗せられた。乗せられたと同時に無人兵器も回収されていき、一通りの殺戮を終えた無人兵器には血がこびりついていた。
俺がふと気が付くと、すでに演奏は終わっていた。俺の頭の中でも旋律は鳴りやみ、次に何が起こるのかを想像した。
ヘリコプターがふわりと浮き、穏やかな時間を過ごした村から撤退していく。無礼極まりないのは、血の付いた土足で踏みにじった俺たちのほうだ。文化を守り続けてきた高等な人々を、俺は殺してしまった。
ヘリコプターとは違う音が近づいてきたのは、ある程度高度が上がった時だった。それが無人爆撃機とわかった時、俺は絶叫していた。
村の全てが、ナパーム弾によって消されていく。なかなか死なない病原体は、焼いた方が手っ取り早い。
俺の声は同時に起こった轟音にかき消され、ヘリコプターは無情にも上空を通過して行った。