安全な戦争
村長の家に着くまでの間、俺はひたすらに走り続けた。
無機質の死神はもうすでに作戦を開始していて、村の南側に配置されたスティングバグたちが北へとローラー作戦のように住民たちを殺しながら押し出していた。
北には別のスティングバグがおり、待ち伏せして逃げてきた村民を殺す。また、別の方角に逃げた者は、容赦なく空からの機銃掃射の餌食になる。
それらは音楽を奏でていた。
宙を切り裂く鉄トンボの軽快な轟音、無人兵器の機銃を発射する音、きゃあという村民たちの悲鳴。それらは見事なハーモニーを奏でている。戦場のオーケストラだ。指揮者はどこか遠くにいる指令所で指揮棒を振っていて、一定のリズムを奏でられるように現場の将兵にそれを伝達していく。
昨夜の蛍の光が思い出される。俺は大きな焚火の前でハーモニカを吹いており、それを遠目から村長とアンナが見守っている。
まるで――いや本当に、蛍の光だ。
淡く、切なく、この村の全てが消滅していく。一個一個の小さな光が華麗な光になって、村という生活を築いていた。俺たちはそれを一つずつ消していく。一匹、また一匹と捕まえていき、ついには沢に一匹も生息できないように。
蛍の光 窓の雪
書よむ月日 重ねつつ
スティングバグが機銃弾を掃射している。
機関砲から放たれた5.56ミリ弾は、確実に村民たちの頭部や胸、腹に撃ちこまれていく。
殺意の込められていないそれらの行為は、まさに作業だった。IDで自国の兵士だと認識できないものは容赦なく殺していく。
俺も数度、スティングバグに狙いを定められたが、撃たれることはなかった。スティングバグが認識すると静かに回頭し、次の攻撃目標へと狙いを定める。
くすんだ薬莢が地面に散らばっている。それはまるで畑にまかれた種のようだ。そこにある種たちは、殺戮を芽吹かせていき、人間に赤い体液をばらまかせて花を咲かせる。
止めろと言ったところで止まる連中じゃない。人間みたいに情に叫ぶこともできない。そうできたらなんて美しいことだろう。映画やドラマみたいに、引き金を引く一瞬を逡巡する美しさがそこにある。
俺は何を望んでいるんだ。こんなところで、現実で、戦場で、ただひたすら走り続けている。殺されていく見知った顔たちを置いてきぼりにしながら。
スティングバグの作業は正確だ。うめき声を上げながら死んでいく村人なんてどこにもいなかった。走りながら目があった村人たちの顔はどこか呆けていて、宙の一点を焦点の定まらない目で見つめている。その顔は必ず、こう語りかけている。
なんでだ、と。
さっきまで俺・私は生きていたんだぞ、と。
「くそったれ……」
俺は何度もつぶやいた。こんなこと知らなかったぞ。俺は戦車の中でずっと戦ってきたが、地面に足をつけて戦場に立ったことは一度もなかった。望遠レンズや双眼鏡から見える景色は、戦場ではなくゲームの画面だった。一つ一つがこんなにも生々しくなかった。俺が知っているのは、もっとデジタルで、機械的な風景のはずだ。
こんなに血なまぐさくて、口内は砂埃にまみれていて、轟音と悲鳴に辺りはつつまれていて、目に映えるのは血と泥で、気が付けば血が付いている腕や脚なんて、俺は……俺は……。
「くそったれ……」
俺はなんだ? 傍観者として高みの見物をしている真っ最中だ。すべてが消えて行く萌芽の中で、俺は観察者でしかないなんて。せめて銃弾の一発でも撃たせてくれ。そうすれば俺は、明確な悪の意識で自分を押しつぶすことができる。なぁ、やらせてくれよ。混ぜてくれよ。仲間外れはもうたくさんだ。地獄行の列車に乗り遅れた俺は、いつになったら乗車できるんだ。もう切符は持っている。頼むから、乗せて行ってくれよ……!
「くそったれーー!!!!」
いつしか年も すぎの戸を
あけてぞ今朝は 別れゆく