安全な戦争
どうしてそんなことをするのか。人殺しの俺を、どこまでも血で汚れた手を持っている俺を、なぜ暖かくこの村が迎えたのか。
「あなたは何も知らないのね。本当に残念。本当に……」
「答えろ」
「答えを求めるだけの愚かしい人に、言う理由なんてない。自分で見つけなさい、苦しみながら」
「どこへ行く」
アンナがエンジンをスタートさせる。俺は一歩踏み込んで、銃を構えた。
「さぁ。それはあたしにもわからない。でもね、目指すものはあるのよ」
エンジンが唸りを上げる。砂漠用に改造されたオフロードバイクは、地面にある砂埃を勢いよく宙に舞いあげた。
「あなたが疑問を持つことなく行っている「国際貢献」に、反旗を翻そうとしている人たちがいるの。彼らはみんな優秀な軍人で、世界を変えようと思っている」
「世界を、変える……?」
「そう。できないと思っているわね?」
「当たり前だ。一個人にできることは限られている。人一人の性格を直すことさえできない人間に、世界なんていう大きな奴の性格を変えられるもんじゃない。いつの時代だって革命家はいたが、彼等だって、ゆくゆくは世界という大きな流れに順応し、飲み込まれていったぞ」
「でもね、あたしたちにはそれができる。それを行える力を持っている。……もうすでに始まっているわ。この世界の隅々で、命令を待っている軍人たちがいる」
「馬鹿な。あり得ない」
「どう? あなたも一緒に来る? もうここでは迷惑もかけられないし、さっさと退散しようと思っていたのよ」
「ふざけるな。誰がお前らと一緒に行くか」
「残念だわ。それに……」
どこか遠く、空を切り裂く轟音が聞こえた。
それは次第に明瞭になっていき、俺はこれからこの村で何が起こるのかが想像できた。
「時間ももう終わっちゃったみたいだしね」
死の羽音だ。俺がよく知っている鉄トンボの音が聞こえる。最近のヘリコプターは攻撃用の無人兵器と、有人用の攻撃指揮・輸送用に分けられる。輸送用のヘリコプターの中にも無人兵器がごまんと詰まっており、それらは任務を完遂するために作られた、文字通りのArmy(蟻たち)だ。
「待て!! どこに行く!?」
「決まっているじゃない。逃げるのよ」
「村のみんなはどうする!! 死ぬぞ!!」
「そんなの関係ない。もし殺戮を止めたいなら、あなたのお仲間に訴えかければ? ここには善良な村民しかいないと、やめてくれと」
そんなこと、できるわけがない。一度伝達された命令は、解除されない限り任務完了まで止むことがない。彼らの命令はゲリラ部隊の殲滅だ。俺と同じように訓練された連中が、ここにいる人たちを「国際貢献」の為に死んでいく。
来年の豊作を願って、踊り、歌い、笑い、戦い、祈りを終えたばかりなのに、彼らは俺がやったことと同じように彼らの明日を奪い去っていく。
もうここでは祭りは行われない。草木一つも生えないだろう。かつての自衛隊がお金をかけて整備したなんてどこ吹く風だ。敵がいたら、撃たれる前に撃つ。それが先進諸国の培ってきた戦闘の歴史だ。一方的に殺すことが、正義の全てだ。
「や、やめろ……」
「あなたは当事者になる。かつてのあたしがそうだったように、あなたも体験しなさい」
バイクが走り去っていく。俺は水筒を渡された時と同じように動くことができない。銃は使い物にならないと思いっきり投げ捨ててから、まずは村長からだと走り出す。