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空野 いろは
空野 いろは
novelistID. 36877
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安全な戦争

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「アンナ……?」
 俺が絶句しているのは、アンナにやきもちを抱いているわけではない。確かにそれなりに距離は
縮まったと自覚しているし、何より助けてもらったお礼もある。そんな感情を抱き、勝手に絶句し
ているなら俺が悪いが、今のこの状況は明らかに彼女のほうが悪い。
「なぜ、そんなものを着ている……?」
 アンナは昨日の朗らかな衣装とは打って変わって、俺の想像をはるかに超えた代物を着ていた。
「あら、マモル。どうかしたの」
 流暢な日本語で、彼女は答えた。
 考えればわかることじゃないか。あの時――俺が戦車の大破から辛うじて抜け出し、ライダーか
ら水筒を受け取った際に、あいつは流暢な日本語で「じゃあね」と呟いていた。そして今朝の日本
語を聞けば、それが彼女のものだと、容易にわかることができたじゃないか。
「もう一度言う。どういうことなんだ?」
 アンナは黒いライダースーツを着ていた。他の二人はよく見るとサムエルとエリックで、黒塗り
のライダースーツ越しでも、その体躯がよくわかる。
「あら。どうって、見なきゃわからない?」
 俺はとっさに携行していた拳銃を引き抜き、銃口を向けた。
「見なきゃわからないだと? 見てもわかりたくないね。祭りは終わったぞ。これから後夜祭が始
まるというなら、そのお遊びに付き合ってもいいけどな」
「まぁ、嬉しいわ。そんなにこの村のことを想ってくれるなんて、案外、素直な人ね」
「そりゃどうも、ありがとう。そこにいる二人も、何か言ったらどうなんだ」
 サムエルとエリックはこちらをじっと見据えたまま、地蔵みたいに動かなかった。その立ち姿か
ら、彼らは訓練を受けているものだとすぐにわかった。
「昨日までの振る舞いは全て演技だったということか」
「いいえ。演技なんかじゃない。ここにいる二人は正真正銘の、この村の住人よ」
「ならみんなもグルか。村民一同による、大規模なゲリラ集団か」
「いいえ」アンナはかぶりを振った。
「あたしとあと数人が、ここでゲリラ活動をしている。村長や村の若い子供は関係ないわ」
「お前も十分若いだろう」
「なら、あなただってそうじゃない。陸自の戦車乗りさん」
「……どうして俺を助けた」
「簡単よ。あなたに知ってほしかった。ここで人々がどんな生活をしているのか、虐殺部隊の専任
隊長さんに、そのことを教えたかったから」
「ふざけるな。そんなことで俺を助けたのか」
「いいじゃない、別に。それにあなたは楽しかったでしょう? お仲間が死んだというのに、昨日
のあなたは心を許して涙まで流した。それで十分、私たちの目的は果たせたわ」
 エリックとサムエルはバイクに跨った。そのままエンジンをかけようとしたところで、俺は銃口
を彼らに向けた。
「動くな。仮装大賞をやれとは言ってない」
 彼ら俺のことなんてお構いなしといった感じだ。そのままエンジンをスタートさせ、走り出そう
とする。
「あなたは撃てないわよ。だってここにいるのは家族じゃない。ともに笑い、楽しくて愛しい時間
を共有できたじゃないの」
「黙れ」俺は再びアンナに銃口を向ける。
「家族などとぬかすな。このテロリストどもめ。お前らのやっていることがどんなことなのか、わ
かっているのか」
 言ったと同時に、俺は俺自身にも言い聞かせた。
 そう、彼女たちはゲリラだ。村々を襲っては神の思し召しだと、鉄拳などと叫びながら無差別に
住民に向かって銃を乱射する、非人道的な連中なんだ。俺たちとは相いれず、考えも共有できない
人間以下の奴らだ。俺たちはテロをなくすため、こいつらを殺し続けている。
 アメリカという世界警察が経済によってその支柱が支えられなくなったからこそ、俺たちはここ
にいるんだ。日本でもテロで多くの人が亡くなったじゃないか。俺たちはそれを制裁するために、
ここにいる。
 彼女は排除すべき敵だ。わざわざ弾丸を撃ち込み一瞬で殺してやっているんだから、ありがたく
思ってほしいものだ。本来なら残虐な方法で殺したいと思っている連中だって大勢いる。俺はそう
は思わないが、これからまた人々を殺しに行くこいつらは、何としても止めなくちゃならん。
 俺は引き金にかけた指に力を加えた。判断材料なんてどこにもない、兵士の無意識が生んだ産物だ。あとでいくらでも言い訳ができる。
 さぁ、引け。引くんだ、俺。そもそも俺の任務は、こいつらを始末することだろう。それに仲間の敵もある。ここで殺さなかったら、一生罪を背負って歩くことになるんだぞ。本当はこいつらが悪い。こいつらが……いなければ……。
「……撃てないみたいね」
 ダメだ。どうしても撃てない。目の前にいる彼女がゲリラだという事実に対応しきれない俺がいる。俺の知っている彼女は、死地から俺を救ってくれた。この村で遠慮なく治癒することができたし、今ではこうして歩き回ることができる。
 しかし、ゲリラである側面を持っている。彼女は他の村々を襲い、糧秣や衣服を奪い、人々を嘲笑うことを生業としている連中だ。俺もそれはわかっている。わかっているのに――
「やめなさい。見苦しいわよ」
 そうだ。モニターの向こうの戦闘と同じだ。安全な戦車の中で、無人兵器と正確な砲撃によって敵を殲滅する光景を見ている俺と同じだ。
あまりにも抽象的すぎて、それが現実だという解釈が及ばなくなる。どこか遠くで起こっているような、当事者のはずなのに、胸が痛まない戦闘風景。映画のスクリーンよりも迫力がない、ドキュメンタリードラマを見ているような感覚だ。
「もうダメね」
 アンナがバイクに跨る。サムエルとエリックの二人も彼女に倣う。
「そうそう。いいことを教えてあげるわ」
「彼らを育てたのはあたしよ」
 アンナは黒いフルフェイスメットを被る。彼女の美しい顔が覆い尽くされ、俺はじっとバイザーを見つめていた。
「携帯電話を与えたのもあたし。それを使った効果的な戦術を編み出したのもあたし。すべての元凶はあたしなの。あなたのお仲間が死んだのも、高価な無人兵器を壊したのも」
「なぜだ」
 バイクに跨っている彼女は首をかしげた。いかにも何を言っているのかわからないといった感じだ。
「なぜ、こんなことを続ける」
「ああ……。あなたの胸に聞いてみなさい。あなたはこの数日間で何もかもわかっているはずよ」
「何をだ」
「この村のこと。家族のことよ。ここでは友人・知人というくくりは存在しない。みんながみんな家族で、あなたたちが目指す運命共同体とやらと同じよ。中身はまるっきり違うけど、行動原理は同じかな」
「俺はこの数日間で、その家族とやらになれたということか」
「そう。みんなが歓迎した。あなたのことを、この村の一員として」
「それは俺のことを知らなかったからだ」
「あら。まだ気が付いてないの? あなたが何をしているかなんて、みんな知っていた。この地域では当たり前のこと。ゲリラですら銃口を向けているのに、よりいい装備をあなたたちが持っていることを見て、本気で殺していないと信じる人が何人いるかしら。聞かずとも、そんなことぐらいは当たり前よ」
「なぜだ」
 俺はアンナに問うてはいなかった。この村に問うていた。
作品名:安全な戦争 作家名:空野 いろは