安全な戦争
彼女は天に向かって歌っており、奏でられた曲と見事にマッチしていた。着ている衣装もどこか
ゆったりとしていて、風になびく姿は包容力を感じさせる。
最後に大きく歌声を伸ばすと、余韻が村を包んでいく。奏でられていた楽器も止まり、夜空を照
らす星々と、光孝と爆ぜる炎だけが世界だった。
アンナはこちらに向いた。一瞬だけ目を合わせた後、やはりそらされる。俺は拾い上げていたハ
ーモニカを口に近づけると、一気に息を吹き込んだ。
『蛍の光』だ。
ここにいる村人はこの曲どころか、蛍自体をを知っているんだろうかと思いつつ、何年かぶりに
音色を奏でた。
蛍の光 窓の雪
書よむ月日 重ねつつ
いつしか年も すぎの戸を
あけてぞ今朝は 別れゆく
吹いているうちに、涙が出てきた。
この曲に秘められた扇情効果だろうか。今まで葬式の場でも泣かなかったのに、今日に限って、
今に限って泣けてくる。
家族が死んだこと、仲間が死んだこと、この村で生活した日々のこと。すべてに思い当たる節が
ある。
俺は今まで何をしてきたんだ。戦場にとどまり続けて、死の影を追い続けてきたんじゃないのか
よ。俺だけが死なず、おめおめと生き残って涙まで流してやがる。
俺は本当にどうやって生きてきたんだ。こんなにもみじめで、何もできない一個の人間に、どう
してここは暖かいんだ。誰もかれもが強引で、実直で、炎みたいに明るいなんて、反則だろ。どう
してくれんだよ。俺は、俺は……、誰だがわかんなくなっちまったじゃねぇか。
「マモル」
アンナが俺の肩に手を添えてくれた。俺は無意識に彼女に寄り添うと、そのまま泣きかれてしま
った。