安全な戦争
エルが技師を突き落とし、勝利した。
その瞬間、歓声がより一層濃くなって、村中に響き渡った。
「さぁ! お次は異色の対決だ! 一人はこの村に流れ着いた日本の軍人、マモル!」
「ささ、早く上がりなよ」
エリックが耳元でささやいた。
「ったくよう。わかってるよ」
俺が祭壇に登壇すると、一気に歓声が沸き起こる。俺も基地内では何度も仲間同士でボクシング
対決をしていたが、こうも観衆の血が上った姿を見られるとは、意外と高揚感がわいてくる。
「そしてお相手は、料理人のジェフだ!!」
上ってきたジェフの二の腕は太く、頑丈そうで、俺なんか一ひねりで片づけられてしまいそうな
風貌を持ち合わせていた。
観衆も彼には勝てないだろうと、ジェフの名前を呼び続けている。
「さあ! 行きましょう!! レディ……ファイト!!」
俺はその瞬間、殺戮モードの一歩手前でセーブした状態に入った。俺は格闘術を専門に受け持っ
たことがあり、ボクシング対決でも負けなしの侍だと恐れられていたほどなのだ。もちろん手加減
しないと、下手をすれば死んでしまう。ここまで来たジェフには悪いが、めんどくさいこともある
ので、向かってきた運動エネルギーをそのままにして、ジェフの攻撃を華麗にかわして鳩尾に正拳
突きを入れた。
「おえっ!」
ジェフは泡を吹き出しながら倒れていく。見事に入ってしまったようだ。周りにいた観衆も唖然
としており、徐々に状況が把握できるようになると、再び巨大な歓声が巻き起こった。
「おおっと!! これはすごいことが起こった! 優勝候補のジェフが一発KОだ!」
司会者は俺のことを誇大表現して勝利を称えた。
「さぁ! 今度はみなさんお待ちかね!! 去年のチャンピオンでもある、サムエルの登場です!! 彼
は果たして、王者の座を守りきることができるのか!?」
もしかしたら司会者は、先進国のテレビか何かに影響されているのかもしれない。非常に司会進
行がうまかった。
「よろしくな、マモル。そう簡単に勝たせはしないぜ」
俺は差し出された手を握った。俺にはどうしても勝ちたい理由など特にはないのだが、こいつら
にこき使われた分だけは、きっちり返してもらいたいだけだ。
「ああ、こちらこそよろしく」
互いに祭壇の端まで来ると、司会者が再び声を張り上げた。
「さぁ! ついに最終ラウンドだ! レディ……ファイト!」
サムエルが戦闘態勢に入ると、一気にこちらへと突進してきた。俺は繰り出されたパンチを受け
止め、すかさず次の攻撃を入れる。するとサムエルも俺のパンチを受け止める。交互に、リズミカ
ルに、パンチを繰り出しては受け止めるを繰り返していく。
「おお。さすが軍人なだけはあるな。いいパンチだ」
「褒められても、嬉しくないいんでね!」
パンチを受け止めたサムエルに、俺は足払いを仕掛けた。案の定、足元に一度は目線がいき、す
きが生まれる。俺は体当たりを仕掛けて、一気に外ぶちへと追い詰めていく。
「くっ!!」
サムエルは何とか体勢を立て直し、俺のパンチを受け止めた。
「これで終わりだ!」
腰を低くして、わき腹にフックを決める。サムエルは反応ができず、うなりながら体勢を崩す。
俺はチャンスだと思って、腹に向かって再度体当たりしたが……。
「残念だな」
すっと横に転がったサムエルに反応できず、俺は体当たりしようとした運動エネルギーを消費す
ることができないまま、祭壇の下へと落ちていく。
「へ?」
間抜けな声と同時に、後頭部が地面に激突し、視界がブラックアウトしていった。