安全な戦争
そんなこんなで、俺は今、男たちに混じってスタートラインに立っている。なんでも村の外縁を
一周する競争を初めに行うようだ。
「さあ、この村の紳士・淑女の皆さん! お待たせしました。これよりトーナメントに出場するた
めのデッドレースを開催いたします!!」
司会の男が大声を張り上げながら、とんでもないことを口にする。参加者や野次馬は司会者に応
え、怒声のような声を村中に響き渡らせる。彼らは熱が入り過ぎていて、オーバーヒート寸前のよ
うだった。
「さぁ、皆さんには走ってもらいましょう!」
と、後ろから、馬に跨った女たちが鞭を振り回しながらこちらに向かってくる。
「え?」
「スターート!!!」
「ウソウソウソウソ!!!!」
慌てて走り出す俺を尻目に、先頭集団ははるか先に駈け出していた。毎年のようにやっているた
め、わかりきっていたことらしい。
「ちょっと! 嘘だろ!?」
デッドレースの本当の意味が分かった。つまり走らなければ死ぬということだ。鞭でたたかれ、
馬に蹴られでもしたら、死ぬ。
俺は自衛官で一応軍人だから、死ぬ覚悟はいつでもできている。でも、こんな辺境の村で、しか
も女に叩かれながら馬に蹴られて死ぬなんて、不名誉極まりなく、絶対に嫌だ。さすがに本気で殺
そうとはしないだろうが、闘争本能に火をつけるには最適のデモンストレーションになる。
「くそったれ!」
意地でも生き残り、頂点に君臨してやる。それを決意させるぐらい、男たちは必死になって走っ
ていた。
「さぁ、お次の競技は、障害物競走です!」
さっき走ったコース上に、今度は障害物が設置された。
最初のレースは毎年定番だったらしく、脱落者は一人もいない。
「コースの上には、端材で作った平均台、泥沼、丸太運び、そして豚を背負って歩くというもので
す。最後まで完走できたものが、次の競技の参加資格を得ます!!」
相変わらず、無茶な要求だぜ。この村の性格はほぼ決まりだ。俺には早く救助の手がさし延ばさ
れてほしいものだね。それでも、内容としては訓練科目とあまり大差はない。今回もゴールできる
はずだ。
「スターート!!!」
男たちが一斉にスタートする。
目の前に現れたのは平均台だ。周りには家畜のたい肥が積まれており、落ちたらプライドを根こ
そぎ落とすように設計されている。
しかも端材で作られたC級品なので、大の男が立つと大きくぐらついた。
「あ」
先頭の男が落ちた。たちまちたい肥まみれになり、絶望した表情を見せる。
そしてみんなが臭い臭いと手を押さえながら通過していくため、より一層プライドをえぐるよう
に取っていく。
「ご愁傷様」
俺は日本語でいたわりながら、次の泥沼へと到着する。
先頭集団はすでに泥沼の中に入っていて、俺もそれに続いて駆け抜ける。泥沼は即席で作ったも
ので、水でかき混ぜただけというシンプルなもので、彼らは匍匐前進しながら泥沼を進んでいく。
この手の訓練は一通り経験したことがあるので、さほど抵抗もない。あっさりと抜けた後には、大
きなプラスチック製の丸太が控えていた。
確かこれは、昨日の夜にエリックと準備したものだ。まさかこんなところで使うことになるとは。
しかも中には石が入っており、それなりの重量になっている。
丸太は一人一本で、転がしながら次の種目にまで行くらしい。みんなはそれぞれ肩で息をしてお
り、脱落者も出ていた。
「ふぅ」
俺は日々の訓練で体を鍛えていてよかったと、今日一日で心からそう思った。もし優勝すればこ
こにいる奴らを見返すことぐらいはできるはずだし、今日は枕を高くして眠ることができる。
「やってやるぜ!」
丸太を転がしていくと、柵の中で豚が待機していた。丸太を転がし終えたやつらは適当な豚を選
び、それらを肩に担いでゴールを目指す。
俺も比較的持ちやすそうな豚を選んで、肩に担ぐ。すると豚は暴れ出し、素直に運ばれてはくれ
ない。
「ああ、もう! おとなしくしろ!」
百キロは優にあるだろうか。俺の脚が悲鳴を上げ、みしみしと言っている。いくら訓練で鍛えた
体とは言えども、これは体を壊すかもしれない。
もはや走ることはできず、のろのろと集団は進んでいく。俺もその中の一人だったが、一人また
一人と豚を下ろしていくため、ゴール付近では俺も含め四人が大地に転がって息をしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「やぁ、お疲れ。本当にやるとは思わなかったよ」
エリックが偉そうに言い寄ってくる。エントリーさせたくせに、自分だけは観客の一人になって
傍観しているから腹が立つ。
「おいおい。そんな眼で睨まないでくれよ。ぼくもデットレースぐらいは出られたかもしれないけ
ど、さすがにこの障害物競争は無理だよ」
「ふざけやがって」
「まぁまぁ。楽しめるからいいじゃないか」
「楽しんでいるのはお前らだけだ」
「まぁ、ね。でも優勝した人にはご褒美があるよ」
「……なんだ、ご褒美って」
「この村一番の特等席にご招待さ。女の子たちの踊りを見られて接待も受けられるし、料理も酒も
食べ放題だ」
「そんなもんかよ……」
「いやいや、それだけじゃないよ。一年間、君は女の子からモテモテさ」
これからずっとこの村で過ごせというのか。冗談じゃないぞ。俺は早く帰ってシャワーを浴びた
いんだ。俺もまだまだ十七歳。こんなところで農業をやるよりも、もっと遊んで楽しいことをして
いきたいね。
「よし。最後は直接対決だ。祭壇の上で、一対一の格闘戦だよ」
「まだそんなことするのか」
「ほらほら。つべこべ言わない。みんな待ってるよ」
祭壇をそんなことに使っていいのかわからないが、少なくとも神様とやらは喜ばないだろう。自
分の座っている席で、突然おっさんたちが戦い始めたら、次の年は来たくなくなる。
祭壇は野次馬たちの目線よりも高い位置にあるので、これならどんなに後ろにいても村の中なら
見渡せるようになっていた。
まさに格闘技をやるにしてはうってつけの条件だった。
「さぁ! みなさんお待ちかねの、今年の最強を決めるための最終対決の始まりだ!! 肉と汗と血
が躍る対決のルールは簡単。祭壇から落ちるか、気絶するかだ! もし辞めたくなったら祭壇から
降りればいい。最後まで祭壇の上に立っていたものが、今年の王者だ!!」
「「「うおおおお!!!」」」
司会者が祭壇の中央に立って概略を説明すると、野次馬の歓声が沸き起こる。テンションは最高
潮で、我を忘れて叫び続けている。
「では登壇してもらいましょう! 村一番の力持ち、サムエル!」
サムエルが観衆の声にこたえながら、祭壇の上に上がっていく。
「次に、村唯一の技師である、クリプトン!」
村で唯一の技師を気絶させていいものだろうかと疑問がわくが、そこらへんは誰も考慮していな
いようだ。それに血が上った連中に何を言っても聞かないのは、万国共通だろうから言っても無駄
だ。
「さあ! レディ……ファイト!」
ゴングの代わりに祭りで使っていた鐘の音が響く。似つかわしくない音で始まった準決勝は、サ
ムエルとクリプトンという技師が一進一退の攻防を続け、一瞬のすきをついて体当たりをしたサム