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空野 いろは
空野 いろは
novelistID. 36877
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安全な戦争

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 夜のとばりが明けると、村人が三々五々、あふれだすように広場へと集まってきた。俺は村長と
伴って、祭壇をセッティングする手伝いをした。
 村人のほとんどは、今日のこの一日を楽しみにしている。そのため、午後の催しは朝食を抜かな
いと十分に楽しめないそうだ。
「眠い……」
 特殊部隊では、不眠不休・絶食の状態で訓練を行い、自分を限界まで追い込むというものがある。
俺はその訓練を受けていて、いくらか耐性が付いているはずなのだが、今日はひどく疲れていて眠
い。
「おらおら。そんなところに突っ立っているなら、これを運んでくれ」
 サムエルが大きな荷物を抱えて、祭壇のほうを指さしている。相変わらずの無遠慮さに「へいへ
い」と二つ返事をしてから、重い荷物を持ち上げる。
 もしかしたらこれが原因かもしれない。普段とは違う生活に慣れず、肉体的ではなく精神的にま
いっているのかもしれない。
「ああ、眠い」
 それに普段とはまた違って神経を使うため、余計に疲れる。基地にいたころは誰もが図太い神経
でできたおじさん・お兄さんの集まりだったから、不機嫌になったり教えを諭そうとしたりするや
つはいない。
「はぁあ」
 ため息が漏れる。
 ふと顔を上げると、祭壇の周りにはアンナと村の女たちが踊りの最終確認をしていた。正午の本
番は気合を入れてやると、嬉々として語っていたっけ。
 俺はアンナと一瞬目があったがすぐにそらされ、プイ、という感じで去っていく。まだまだ不機
嫌が治っていないらしい。

 俺の腕時計が正午を告げ、太陽がほぼ真上に来たとき、大きな鐘の音が鳴って、祭りの本番が始
まった。
 村長はがたいのいい男たちを、大名行列のように従わせながら祭壇へ歩いていく。村長がかしず
くと男たちもそれに倣う。
 俺は広場をぐるっと囲む、役割を与えられていない村人たちに混じってその光景を見ている。俺
はその中で脱力しながら、一連の行動を見ていた。
 村長がかしずくと、おどろおどろしい音楽が奏でられる。日本の夜にこれを聞いたら、火の玉で
も浮遊してきそうな感じだ。
 村長と一緒にかしずいている男たちの後ろから、サムエルが死んだ子羊を持ってくる。祭壇の横
にはよく燃えている薪があり、そこに子羊を放り込む。見た目としてはキャンプファイヤーでジン
ギスカンを焼いている光景とあまり変わらない。
 子羊が焼かれている間、アンナが先頭に立ち、村の女たちを引き連れて祭壇の周りを踊り始めた。
周りをぐるっと囲み、音楽に合わせて奇妙なステップで踊っていく。阿波踊りと盆踊りを足して二
で割ったような感じだ。俺のような知らない奴に、あれはこの村独特のフォークダンスです、と言
っても信じてもらえそうだ。
 モクモクと白煙が辺りに立ち込めると、犠牲となった子ヤギの焼かれた匂いが香ばしくなって鼻
孔をくすぐる。朝食と昼食を抜きにされた俺と村人たちにとってみれば、これほど欲望をかり立て
られる拷問も他にないだろう。
 アンナたちの踊りが一通り終わると、村長が何か呪文めいたことを呟きはじめる。俺には全く聞
いたことがない発音だったため、絶滅した言語だろう。
 村長は呟き終えると、太陽に向かって大きく手を広げた。すると村民たちも太陽を見上げ、俺も
それに倣う。
 一分ほどそうしていると、村長が村人たちに向き直り、声高らかに宣言した。
 「皆の者! 今年の祭壇は終わった。神も喜んでおられる! これから今夜にかけて宴じゃ! 心
して神をもてなそうぞ!!」
「「「おお!!!」」」
 一斉にかけられた声にドキッとしながら、いよいよお待ちかねの宴が始まった。村人たちは今ま
での真面目ムードから一転して変化し、用意されていた料理や遊び道具をどこからともなく取り出
しては、祭壇なんかあったっけ? と言わんばかりに杯を持って騒ぎ出した。
「おい、あんちゃん。一杯どうだ」
 酒瓶を握っている男に杯を無理やり持たされ、酒をあふれんばかりに注がれていく。俺はまだ未
成年だが、いつ死ぬかわからない仕事柄、上官からも黙認された形で酒はよく飲んでいた。
「ああ、どうも」
 酒を一気に飲み干す。
「おお! 見た目に寄らず、いい飲みっぷりだなぁ!」
 俺は薬物に対する耐性訓練を受けている。その内容はおぞましくて思い出したくもないが、アル
コールの類は酔うことがない。どんなに強くても、酔いつぶれたことなんて皆無だ。
「ああ、まぁな」
 男も俺につられて何杯か飲んだが、アルコールの度数が強いのか、早々に顔が真っ青になってぶ
っ倒れてしまった。
「……はぁ」
 俺は男の口の中に手を突っ込み、胃の中にあるアルコールを吐き出させる。よく基地の中でもぶ
っ倒れた男に同じ処置を施していたため、さほど慌てることなく処置ができた。
 吐しゃ物まみれになった男を担ぐと、祭壇の近くにある救護所のような場所で彼を寝かせた。応
対に出た若い女性もさほど慌てることはなく、むしろ俺がこんな大男を一人で運んできたことに驚
いているようだった。細身だとはよく言われるが、そんなに頼りなさそうに見えるのかね。
「やぁ、食べているかい」
 いつになくご機嫌なエリックが手に料理が入った皿を持って、こちらに微笑みかけている。その
顔はすでに出来上がっていて、耳の先まで赤い。
 どうしてここまで節操がないんだろうか。いくらお腹が空いていても、料理を前にしていても、
我慢するというのが礼儀だろうに。
「ほら、食べなよ」
 エリックが差し出した皿には、小麦粉で練って作ったナンのようなパンに、肉と野菜、胡椒がま
ぶしてあって、非常に美味しそうだ。
「ああ、じゃあ、いただきます」
 味も想像以上にうまかった。空腹感も調味料になって、ここ最近の料理の中では最高ランクのう
まさをほこった。
「お、おお……」
 思わず疼きを漏らした俺に、エリックは満面の笑みになる。
「美味しいだろう?」
「ああ、うまいうまい。こんなの初めてだ。どうやって作ったんだ?」
「それはね、アンナが作ったんだ」
「アンナが?」
「そう。ここの伝統料理じゃなくて、彼女のオリジナルだよ」
「へぇ……」
「彼女、一晩かけて作ったんだけど、村人一人一人の分を作るのが精一杯だったみたい。毎年違う
料理を作っていてね、彼女の腕前はなかなかのものだよ」
「ほう」
 あっという間に食べ終わってしまった。一人一皿というのだから、もう食べられないだろう。ア
ンナには仲直りのついでに、料理のレシピを聞いておくことにしよう。
「これから力自慢大会に出るんだよね?」
「は? 力自慢大会……?」
「そう。この村の宴のメインイベントで、村一番の強豪を決めるのさ」
「ふーん。でもなんで俺が?」
「ほら、君はさっき彼を運んだんだろう? ぼくも見ていたけど、彼を一人で抱えて持ってくるな
んて相当な力持ちに違いない。大会は絶対に面白くなるよ」
 また俺の意見を無視して、大会に出ることになっている。
「さ、エントリーは自由だ。トーナメント戦だよ。気合入れてね」

作品名:安全な戦争 作家名:空野 いろは