安全な戦争
アンナを含め、ここの村人は日の出とともに活動を開始するらしい。俺はといえば、腕時計を見
て朝六時を確認し、いつも通り起床した。他の軍ではどうなのかわからないが、自衛軍の隊員全員
は六時に起きなければいけないという規則がある。もう五年間も自衛官生活を続けていれば、体が
自動的に覚醒してしまう。
「おはよう。今日はいろいろと大変だよ。さっさと食べてね。洗い物もしないといけないし」
テーブルの前には昨日と同じように雑穀や野菜炒めが並んでいた。昨日の残りなんだろうなぁ、
と思いつつ皿の中身を片づけていく。最後に皿を片づけると、アンナに連れられるがまま、村の中
央にある広場に着いた。
「今日は祭りの前夜祭と本番の祭壇の運び入れとかを手伝って。私は別に仕事があるから頑張って
ね〜」
手を振りながら、彼女は去っていく。今度は説明もなしだ。紹介もなしにどうやって仕事を進め
ていけばいいんだよ。
「おお、君は倒れていた青年じゃないかね?」
近くに寄ってくる老人は、ここの村長だった。
昨日と変わらず髭をいじりながら、
「さて……何をしてもらおうかの。とりあえず祭壇を取り込む準備をしてもらおうかの」
といって振り返り、
「さぁ、始めるぞ! 正午までに終わらせようじゃないか」
「「うっす!!」」
とばらばらに集まっていた男たちが見事な統率能力でどこかへと向かっていく。あっけにとられ
た俺を尻目に、一人の若者を呼び寄せると何事かを呟いた。
若者は俺の所へ来て、手を差し出してきた。
「やぁ、ぼくはエリック。今日一日、ぼくが教えながら仕事をすることになった」
俺とさほど変わらなそうな歳の男の手を握りながら、誰も俺の意見なんて聞いちゃくれない強引
さに呆れた。
「俺は守だ。よろしく」
「よろしく、マモル」
さっそくとばかりに、エリックは男たちが消えて行った方向を指さす。そちらの方向に祭壇とや
らがあるようだ。
「お客さんまで借り出しちゃうなんてね。普通はそんなこと絶対にしないんだ。これは信じてもら
って構わない」
信じるとも。否、信じなければ俺はこの村から基地へと帰れそうもない。いつまでもアンナと一
緒に村に残ってそうだ。
「祭りは一年のみんなの楽しみなんだ。こんな辺ぴな場所にあるから娯楽もないし、これから冬に
かけて、ずっと先にある町へ出稼ぎに行かないといけないしね」
「エリックもか?」
「ああとも。だから張り切って準備する。君はお客さんで、しかも日本人なのに手伝わせてしまっ
てすまない」
「日本人だから、っていうのはどういうことだ?」
俺が日本人だということは、戦闘服の左腕についている日章旗のマークでわかる。しかし基地の
中ならともかく、こんな場所に住んでいる人が日本のことを知っているとはどういうことだろう。
「ああ、それはね。ここ一帯のインフラ、ってやつを整備してくれたのが日本人なんだ」
「そうだったのか……」
それを言われたとき、この村の不可思議が一気に解けた。
ポンプ式の井戸に、ドラム缶を半分に切った水飲み場、ステンレス製の食器。すべてが日本から
提供されたものだと思えば、合点がいく。
「ぼくの両親が小さいころに日本の人が来たんだけど、その時の村は存亡の危機にあって、インフ
ラとやらを整備してくれたおかげで、生活がしやすくなったって。農業も整備される前に比べれば、
より収穫量が大きくなったみたいだよ」
「そうなのか」
「ああ、だから日本の人に会ったら感謝するようにといわれている。君も日本人だろう? お客さ
んはどんな状態でももてなすのがぼくらの習慣なんだけど、日本人と聞けばなおさら感謝の意を込
めないとね。それに――」
エリックが歪んだ表情をした。彼は意外にも表情が豊かだ。表情を見るだけで、これから話す話
がどんなものなのかが分かる。
「町で聞いた話だと、ほかのインフラがなっていない場所はもっと悲惨な生活を送っているらしい。
みんながみんな飢えていて、体を売ったり、麻薬を作ったり、他の村々を襲ったりして何とか生き
ているみたいだ。……本当に僕は感謝しているよ。日本人のおかげで村人がいがみ合う生活を送ら
なくてもいいんだからね」
自衛軍では国の方針で、今でも周辺地域のインフラを整備する仕事を任されている。施設科や輸
送科の隊員が列をなして、日々周辺の村々の周っている。もちろん、航空科や衛生科、通信科など
も協力にあたっている。
彼らのほとんどは中学生・高校生・大学生になれなかった若者たちだ。彼らは「国際貢献」を身
にしみて理解し、これから先の日本で働いていく中で、意識と秩序の土台を作る。それらは社会主
義の新しい形らしい。
自衛軍が派遣される口実は「国際貢献」だ。毎年国会では、自衛軍の報告書が提出され、テレビ
や新聞などのマスコミも中東での活動を報じている。もともと軍隊とは外交手段の一部なのだから、
現地の信用を勝ち取るという面でも、国際的に日本が良いことをしているというアピールにも、利
用されている。
その反面、「国際貢献」のために働いている俺たちがいる。俺たちは特殊部隊の訓練を受け、最新
鋭の装備と無人兵器を担いで偵察業務――ゲリラの殲滅に出ている。そのほとんどは非公開の秘匿
任務で、連合軍側から提供された作戦を行っている。
どちらもまた「国際貢献」だ。人々の生活を豊かにすることと、それらを脅かす反乱分子の削除。
自衛軍の仕事は害虫駆除に似ている。スプレー缶(兵器)で虫(ゲリラ)を殺し、掃除(インフラ
整備)をして、もう二度と来ないようにする。
それには効率的な方法――無人兵器を使うことが一番だった。これらは日本国内の経済活動の一
端にもなっている。市場は大きく開いていて、世界にMade in japanを輸出する。戦争という宣伝
媒体を利用して。
ここにいるエリックはそのことを知らない。日本人がインフラを整備していると同時に、彼らの
ご近所さんを皆殺しにしていることを。
俺たちは決して感謝されることはしていない。
そして俺は、部下を――仲間を見殺しにした。あのとき何ができるともわからなかったが、少な
くとも俺は生き恥をさらしている。今なら、「生きて虜囚の辱めを受けず」が理解できるような気が
する。
「やっぱり、準備をするのは嫌かい?」
俺が神妙な顔をしていたせいか、エリックが困ったという表情をしてこちらを見ていた。
「本当にすまないと思っているよ。でも祭りが始まればいろいろな催し物が用意されているから、
君もいろいろと楽しめると思うな」
エリックの表情には屈託がなかった。それこそ、この村の住人の強引さを示している。俺はその
表情に、日本人独特の微妙な微笑みをたたえた。