ウリ坊(完全版)
こぶた(ウリ坊)
こぶたちゃん飛んだ。
屋根までは(さすがに)飛ばなかった。
落ちた。
落ちる最中に、花瓶や額縁や置物を道連れにした結果、本人だけ床に柔らかく着地する。犠牲になった物達には目もくれずに、右耳のピンクのリボンをきれいに整えた。
おいらは驚いてもいやしない恵に駆け寄る。彼女の側が一番安全だ。
こぶたは自分の蹄をじっと見つめ、あーあ、と甲高い声を上げた。
「ブランド物じゃないじゃない!」
とても残念そうにため息をつく。
「何のこっちゃ」
ワニはのど元をさすりながら言う。こぶたは軽蔑したように鼻をふんと鳴らした。
「あんた、パニクイレモンも知らないの? 珠玉のレモンコンテストを
13回連続で受賞してる超有名ブランドレモンよ」
「んなこた問題にしとらん。わしの口は玄関ちゃうんじゃ、人の口から出てきた
最低限の礼儀ってもんがあるやろ、まず謝らんかい!」
「ふん、焼き豚にされてもお断りだわ!」
にらみ合うワニとこぶた。焼き豚の前に丸飲みじゃないかなぁと思うのだが、
このこぶたはワニの口から出てきたわけでってあれ? ……あれ?
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
飄が割ってはいる。「こぶたさん、どうして僕のうちのワニから出てきたのかな?
もしよかったら理由を聞かせてくれないかい」
優しく諭すような声音に、こぶたはきっとにらみ返すと
「今の説明で分からないの? そんな馬鹿に説明してやる義理はないわ!」
「いやそもそも説明してないし分からないよ」
こぶたは聞いていなかった。コンパスを活用したような丸い尻を振りながら
今度はきちんと玄関から出て行った。玄関先でストーカーの女性が
「今度はメスのこぶた!? 信じらんない!」と騒いでいる。一応、
居間には入ってこないらしい。そのストーカー基準がよく分からない。
「……どういうことだろう」
飄が考え込む。ワニは呆れた様子で
「お前そんなことよりわしの心配せんか普通?」
「たぶん誤飲でしょう。そこのワニが食物に添えたレモンスライスを
呑み込もうとしてこぶたを一緒に呑み込んだ。そんなとこでしょうね」
おいらはきょろきょろと辺りを見回すと、へしゃげたレモンスライスを
見つけてつまみ上げた。リキュールの匂いがする。たぶんこれが原因だろう。
ワニは最近酒場にでも行ったのかも知れない。
匂いだけで頭がくらくらして、あてもないことを考える。
あのこぶたは実はおつまみで、客に飲まれては毎回腹から出てくるようにしてる
のかも知れない。きっと酒場もグルなんだ。