ウリ坊(完全版)
裏ペットショップへようこそ!(飄)
ストーカー女性とこぶたのおかげで(おかげさまの気持ちを忘れずに、
と亡くなった祖母が言っていた)僕はたいして緊張もせずに済み、彼女が
やっているという裏ペットショップの場所を聞き出していた。
若いのに(26だと聞いた)裏ペットショップ経営とは、なかなか剛胆な女性だ。
というより、何か事情があるのだろう。
今日はちょっと客として顔を出してみようと言う魂胆である。
教えられた店から最も近い駅まで来ると、ベージュのシャツにジーンズという
地味な出で立ちの彼女を見かけた。駅前通りにあるピンクの外装のお店に
入っていく。看板には「可愛らしいタイプのお店」とあった。なんだか
彼女のイメージと違っていて、それがよけいに裏の事情を感じさせる。
「なにしてるんだよぉ?」
「うわっ」
子供特有の甲高い声で呼び止められ、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。
背後にスーパーの袋を下げたウリ坊がいた。買い物の途中だろうか。
「あの店に用があるんだ」
「へえ、そっちは恵のお店だから、おいらは行っちゃいけないんだよぉ。いいな、いいな」
「……? 覗いてみるかい?」
「いいの?」
……うーむ。
「たぶんよくは無いけど、自己責任で」
「自己責任! なんか格好良い響きだよぉ」
ウリ坊は店に駆け寄るとガラス戸にぺちゃと鼻をつけた。僕もかがんで
中を覗く。
店の中には大小様々な檻や水槽が並んでいて、オウムやモルモットや
熱帯魚がいた。それぞれ「おはよう」「こんにちは」「おととい来やがれ」などと
言い、一字一句、吐き出した言葉を呑み込んでいく。彼らの朝ご飯なのだろうか。
ではこれがあの有名な自給自足という奴か。
恵はシンプルなピンクのエプロンを着用して奥から出てきた。一番大きな
檻に入れられた子象の尻穴に手動の空気入れをつっこみ、しゅこしゅこと空気を
送り込む。子象はまるで成長ビデオを早送りしたかのように膨らみ、
立派な大人象へと変化を遂げた。ウリ坊は驚いた様子でさらにガラス戸に張り付いた。
恵がこちらに気付いて、無表情のまま口元を動かした。
「見ましたね」
怖かった。が、硬直するウリ坊を放って逃げるわけにも行かず、小さくなって
裏ペットショップのドアをくぐる。彼女は全く、と腰に手を当てて
「裏ペットショップへようこそ。もっとも、客じゃ無さそうですけどね」
僕は混乱の余り「その象ひとつ!」と言いそうになってすんでのところで堪えた。
「お、おいらも空気で膨らむのかよぉ」
怯えるウリ坊に、恵は肩を竦めた。「だから来るなって言ったのに。
あんたはオリジナルだからね、空気で膨らませるのは無理だよ」
ウリ坊はふうっと体全体で息を吐いた。
だが、彼女は再び無表情で告げた。
「もっとも、何千体といるあんたのコピーなら、膨らんだりへしゃげたりするけどね」