ウリ坊(完全版)
夏の名物(ウリ坊)
このごろおいらは店にいることが多い。「そろそろ手伝ってもらわないとね」と
恵は言っていた。どうやら本心では機会をうかがっていたようだ。
今日も店の中の掃除をしていると、飄が慌てた様子で訪ねてきた。
手には「季刊誌 毛虫の友」とある。
恵はソファに腰掛け(店内には商談用のソファがある)書類を繰っていた。
「大変だよ。そんなもの見ている場合じゃないって」
「……趣味の悪い物買いますね」
恵は動じず、書類から顔を上げると、眉を顰めて言い放った。彼は雑誌を
落ち着きのない様子で繰る。あるページを彼女の前に差し出した。
「ちょっと暇つぶしに覗いて見たんだよ。そしたら、こんな物が載ってた」
彼女はしかし、ああ、と短く無感動に呟いただけである。おいらはページを
覗き込んだ。
左一面には毛虫の画像。右一面には「どうして私は毛虫になったか」という
インタビューが載せられている。
「これって、このお店で変わったと書いてあるんだけど」
「覚えてますよ。最初は桜でしてね。夏になったら毛虫になるようインプットしたんです。
夏の桜は地味だし。ついでに言うけど、本人の希望だから」
「な、何でだよぉ」
「目立ちたいからだって」
「おいらには分からないよぉ。毛虫なんてやだよぉ」
恵にいきなりおでこを指で弾かれた。痛い。
「毛虫に対して失礼じゃないかね。もし聞かれて、抗議にこられたらどうする
つもりなんだ。私はイヤだよ対応するの」
写真の中の毛虫は歩行中のものである。ポーズを付けると絡まったりして
大変なのだろう。上手い毛虫写真の撮り方はこの雑誌を見れば分かるのかも
知れない。だが、別に知りたくはなかった。
「……秋は、紅葉かい」
「それが困ってるんです。インプットは一度にひとつしか出来ない。今から毛虫を
触らなきゃいけないかと思うと、ぞわぞわします」
言って恵は身を震わせた。イヤならやらなきゃいいのに、恵の仕事に向ける
情熱にも困ったものだとおいらは思った。