ウリ坊(完全版)
冷蔵庫の神さま(ウリ坊)
ヘビイチゴが好きだ。
舌の付け根がきゅっとなるくらい酸っぱくて、目元がほにゃんとなる
あのヘビイチゴが。
だが、それらを期待して口に入れたヘビイチゴはまずかった。
「まずいよぉ?」
おいらは台所のテーブルで仕事の資料を広げている恵に言った。
「昨日買ってきたばかりなんだけど……ああ、冷蔵庫の神さまの仕業かも」
椅子から立ち上がり、冷蔵庫を開ける。中から脱臭剤を取りだした。
蓋を開けた。テーブルの上に置く。おいらは身を乗り出し、
脱臭剤の内部を覗く。
中には四畳一間の部屋とちゃぶ台とみかんがあった。部屋の中央に
貧相な男がちょんと座っている。
何でこんなところに部屋があるのだ。
「ヘビイチゴの旨み、食べたでしょう」
「いやぁ、は、腹が減ってたもんで。ばれましたか」
男はしきりに頭をかきつつ、恵に向かって愛想笑いを浮かべる。恵の
態度はあくまでもシピアだ。
「ちょっとした嘘はちょっとしたことでばれるものですよ。ヘビイチゴ代、
つけときますからね」
男は、へえ、と頷きなだれた。恵は脱臭剤を再び元の位置に戻した。
「い、今のは何だよぉ?」
「神さまだって」
恵は不思議そうに言う。
神さまなら別の場所にちゃらんぽらんなのがいたはずだ。そう言うと、
ああ、と頷いて椅子に再び腰掛けた。
「八百万の神さまって言うだろう。あのもうろくしたのがトップで、
あとはその他大勢」
「い、今のは貧乏神の一種かよぉ」
「誰の家が貧乏だと言うんだね」
おいらは恵に睨まれた。
「あ、そういえばうちは貧乏じゃなかったよぉ」
「……ヘビイチゴ捨てとくね」
おいらは恨みがましく冷蔵庫を見た。
「……おやつ……」
「食費から買ってきなさい」
「はぁい」
おいらは戸棚から食費の財布を取り出すと外へ出た。あの男がどこを
どうすれば神さまなのか、恵が何故ああも神さまに対する態度がぞんざいで
またそれが許されているのか、そんなことはすぐに頭から飛んでいった。