ウリ坊(完全版)
明日の太陽(ウリ坊)
空から揚げ物特有のうまそうな匂いがした。
おいらたちは空を仰いでとてもびっくりした。太陽がカニクリームコロッケに
変わっていたのである。丸くてきつね色の典型的なカニクリームコロッケは
心なしかてらてらとした光を地上に向け放っていた。
「照らせていればなんでもいいって訳でもないよなぁ……」
飄が呟いた。当たり前である。カニクリームコロッケはさすがに違和感がある。
何だかイヤ、というやつだ。
恵に聞きたかったが、こんなことでマリモを使うわけにはいかない。
「おいら帰るよぉ」
「送っていくよ。また法律が変わったのかも知れないし、小さい君
ひとりじゃ危険だ」
------太陽の変貌のことを聞いた恵は軽く眉をひそめると、家電話の受話器を
手に取る。オープンスピーカーに切り替えた。
しわがれてはいるが暢気な声が受話器から漏れ出てくる。
「もしもし。こちら神さま。仕事以外の用件なら何でも話そう」
何てものぐさな。
「どういう事ですか」
意に介したふうもなく、恵はいつもの静かな声で言う。
「あ? 恵か。前置きは長くてもいかんが、無いと話の見当がつかんよ」
「何故、太陽とカニクリームコロッケが入れ替わってるんです」
「えっ!?」
「どうしたんです」
「め、目玉焼きじゃなかったか?」
「はぁ?」
苛立たしげな声。
神さまの声のトーンが低くなる。良く響く声なので、内容は聞き取れた。
「実はな、本物の太陽はずいぶん前に儂がつい食べてしもうたんじゃ。
で、バレたらいかんので目玉焼きの黄身にすり替えていた。気付かなかったじゃろう?」
恵の動きが止まっている。
「だがしかし、目玉焼きを儂のパワーでもって光らせたのは良いが、
腐りやすくてのう。やっぱり生ものはダメじゃ。毎日取り替えなきゃいかん。
今日も弁当から目玉焼きを入れ替えたつもりだったんじゃが。
難儀だったぞおい、何がいやかって、毎日の弁当のメニューが限られて
くるのが……」
「……このモウロクジジイ」
恵の手はわなないていた。
「あんたが神さまだなんて世も末だね。目玉で良いんならあんたの顔に
付いてる奴でも光らせとけば? もっとも、替えはふたつしかないけどねっ」
言って受話器を叩きつける。おいらは飄の背中に隠れた。飄は小首を傾げると
「神さまが太陽を食べてしまったのか……あれって替えがあったっけ?」
「コピーならあるはずです。私たちにバレるのがいやでこそこそ隠し廻るなんて」
「じゃあ、もう安心だね。良かったね、ウリ坊」
飄はにこにこと笑って言う。恵は奇妙な顔をした。
「どこが良いんですか。隠し事をしていたんですよ?」
「でも、危険な兆候じゃなくてほっとしたよ」
「……暢気な人ですね」
おいらは背後の会話を聞きながら、近くの窓越しに空を見上げる。
夕焼けの光がおいらを照らす。自分もカニクリームコロッケと一緒に
油で揚げられているみたいだと思った。