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ウリ坊(完全版)

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彼女(飄)



「これでいいと思う?」
僕は茶の間で羊羹を食べているワニに尋ねた。久々のスーツ姿に
ワックスで一応決めた髪の毛。ワニは口先だけを動かして言う。
そのくせ奥歯でくっちゃくっちゃ噛んでいる。器用な物だ。
「どこへ行くんや、馬子に鞍付けて」
「馬子に鞍?」
「どっちも低レベルで似おとる、言う意味や。安もんやな」
僕はワニの隣に腰掛け、説得を試みる。
「馬は素晴らしい生き物だよ」
「自分じゃなくて馬の方を擁護するのはどうかと思うで」
「梅の子の誕生祝いに行くんだ」
お前アホやのぉ、とワニは言った。
「どこの世界に誕生祝いに着慣れないスーツ着ていく奴がいるんや」
「えっ別に良いじゃないか」
「ええ、ええ、まかしとき。わしがコーディネイトしたる」
ワニは服をあつらえてくれた。ずいぶん前に買った、大きなクマのアップリケの
付いたシャツにジーンズ。僕は愕然とする。
「これじゃ格好悪いよ」
「ばかもん、男たる物、その日の主役への受けを気にせんかい!」
そのままの格好でワニに家を追い出された。しょうがない、もうすぐ約束の時間だ。
道すがら何人かが振り返る。顔から火が出るほど恥ずかしい。
今年の春の家は任侠映画に出てくるような裏寂れた路地にあった。チャイムを
鳴らす。ウリ坊が出てきて、僕を見て吹き出す。青くなった。
今年の春と真冬、そして生まれたばかりの梅の赤ん坊ですら笑っている。
体中がこわばるのを感じた。どうしよう、やっぱり変だったんだ。
「おい兄ちゃん、クマのアップリケってお前いくつだよ?」
「24だよっ。これはその……うちのワニにコーディネイトされて……」
僕は事の次第をかいつまんで話す。今年の春はははっと笑い飛ばす。
「そりゃお前、ワニにからかわれたんだよ」
やはりそうだったのか。僕は泣きたい気分で笑う。
彼女の前で失敗ばかりしている。
引きずられて行った先で彼女がいた。僕は精一杯の作り笑いをする。これ以上、
心が傷つかないように。
みんなのくすくす笑いが響く中、彼女はぽつんと言った。
「私も、クマ柄は好きですね」
ハァ? と今年の春が笑うのを止めて恵を見る。彼女はぶっきらぼうに、
珈琲はブレンドでしたねと言いながら立ち上がる。心なしか慌てている。
真冬が、良いのよ座ってて、と後を追いかける。
今年の春が梅の赤ん坊を愛おしげに紹介してくれる。僕は夕べ考えてきた
祝辞を述べた。珈琲が運ばれてきた。悪いね、と言うと、別に、と
ぶっきらぼうに返される。
僕たちは珈琲を片手に、次々と梅の赤ん坊の誕生を祝った。
本当は彼女の心遣いの方が嬉しかったのだけれど、言わないでおく。

作品名:ウリ坊(完全版) 作家名:まい子