心のすきまを塞ぐ本は
妻のデスクにはパソコンとプリンターがあるが、男のコーナーにはテレビがあるだけだった。男はテレビを点けた。ケーブルテレビに加入しているので、プロ野球の試合は殆ど試合開始から終了まで見ることができる。男のひいきのチームは、特別強くは無く、また最下位に落ちることもないチームだ。おっ、リードしているなと、男はしばらくテレビに夢中になっていた。
妻が自分を呼ぶ声が聞こえた。試合は、折角のリードもすぐにひっくり返された所だ。悔しがることもなく(まあこんなもんだろう)と呟いて、男は夕食が出来たのであろう台所に向かった。
台所では妻が相変わらず子犬を褒めたり叱ったりしていた。男は電車の中で読んでいた【犬のしつけ方】という本の中から、この場に相応しい教えを思い出そうとしたが、状況は刻一刻と変わり、やがて子犬は寝てしまった。
妻が眼を輝かせて子犬の話をしている。そして夕食を食べる。喋る。食べる。男はもっと厳しくしつけた方がいいのではないかと妻に言ってみたが、そんなことをしたら、性格が悪くなるわよという妻の意見で黙ってしまった。
男は娘の小さい頃のことを思い出しながら、ビールを飲む。男の本棚には名前の付け方に始まって、育児に関する本がまだ残っている。思春期におけるなんとか、男親のすることはどうのこうのという本を読んでいたはずだが、どうしても娘には甘くなってしまう。娘は妻に理不尽なことを言われたり、怒られたりしていても、いざ夫婦で口論になると妻の味方をしている。
結局、妻の娘に対する育て方は間違ってはいなかったのだろう。誠実そうで、経済的にも問題のない夫を見つけることができたのだから。
男は、サスペンスドラマを見始めた妻をおいて自分の部屋に向かった。そしてあらためて自分の本棚を見る。◯◯◯入門という本がかなりの割合を占めている。この心のすきま風には、何が足りないんだろう。何の本が今必要なのだろう。男は、明日退社後に本屋に寄ろうと思った。こんどばかりは本では無理な気がするという気持ちを押さえながら。
了
作品名:心のすきまを塞ぐ本は 作家名:伊達梁川