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心のすきまを塞ぐ本は

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電車のスピードが徐々にゆるくなり、駅の構内に進んで行く。男は座ったまま後ろを振り向き駅名を確認し、読んでいた【犬のしつけ方】という本を閉じ、カバンに入れた。電車が停車する直前に男は立ち上がりドアに向かう。通い慣れた電車、新しくなった駅舎。男の頭にはまだ旧駅舎の歩きなれた道筋が残っており、ちょっとした戸惑いと、感慨にふけりながら改札口に向かった。

男はいわゆるお役所仕事、マニュアルどおりのことを毎日し続けてきた。何か分からないことがあるたびに男は本を買い、知識を詰め込んだ。幸い読解力はあったので、仕事も日常も浮き沈みなく単調に過ぎて来たし、経済的にもなんとか生活出来ている。

まだ明るいうちに帰宅したのがちょっと前のような気もするが、もう薄暗くなってきていた。暴力的とも言える酷暑も峠を越し、涼しくなってきている。そのせいだけでは無く男の胸には寂寞さがただよっていた。妻が「二人だけになって第二の新婚だね」と言うのを、他人のことのように聞き流していたのは、一人娘が相手を見つけて嫁いで行った3ヶ月前のことだった。

男はポケットから鍵を出し、玄関の扉を開く。家には殆ど妻がいるのだから玄関の呼び鈴を鳴らし、鍵を開けてくれるのを待つのが普通なのだろう。しかし他人の家に訪問するみたいに呼び鈴を押すのは変だ、自分の家なんだからと、男は頑固に自分で鍵を開けて入ることにしている。

家の中に入るとすぐに妻の声が聞こえた。
「あー、こらこら! だめでしょ!」
すぐに、小さな転がるような足音と共に最近飼い始めたチワワの姿が現れた。男が屈んで抱きかかえようとしたが、子犬はUターンして台所に消えた。

「あ、お帰りなさい」と妻が出てきたが、妻もまたすぐにUターンして台所に消えた。男は行き場を無くした両手を握って見たが、すぐに力なくだらりと下がってしまった。台所で子犬と戯れている妻をちらっと眺める。テーブルにはほぼ夕食の用意が出来ていたのを確認して、自分の部屋に入った。そこは自分の部屋というよりコーナーと言った方が早いだろう。1つの部屋を妻と半分ずつ使っているのだ。お互いの本棚を背中合わせにした一応間仕切りのようにはなっている。

作品名:心のすきまを塞ぐ本は 作家名:伊達梁川