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仮想現実

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「ポニュ」
私の耳元に生温い息と心地よい声が触れた。
「お、おおー」
首を竦めながらちらりと横目で見ると、女性が立って微笑んでいた。
「ポニュ。元気?」
「元気だよ。アチャ……」受け答えをしながら、彼女をまじまじと眺める。

年甲斐もなく恥ずかしいが『ポニュ』は私。『アチャ』は好意持つ女性だ。
ネットワークを始めて、以前、少し誤解のような嫌な思いをしたことがあり、実名はもちろん、近しい者に分かるニックネームでのやりとりを避けたいが為の呼び名だ。

「この前の公園でのこと、本当に楽しかったわ」
顔も容姿もそして声すらもアチャには似ていない。
「えっと、いつのことだっけ?」
「酷いなー。忘れちゃったの?初めてボートに乗ろうって誘ってくれた日のことよ」
それは確かにあった出来事ではあるが、付き合い始めの頃のことだ。
「そうか……。そこから始まるわけね。思い出ごっこで楽しそうだ」
私は、綴られた思い出を紐解くように、仮想のアチャと話した。
だが、何度も言葉に詰まった。見たことのない他人と思い出を語っているのである。
しかも、違う音質の言葉でもどってくるのだから、混乱と不思議な世界だ。
いつの間にか、彼女は、私の膝に腰を掛けている。
重さも人が乗っている感覚よりはずっと軽いものだったせいか、そんな行為も意識が
なかった。
突然、両腕を首に回し、耳元に顔を近づけてきた。
私は、キスでもして貰えるかと待っていた。
「時間」
甘い吐息混じりの言葉が、私を襲ったというほど残酷に感じた。
確かに夢中で話したが、思い出の内容を思えば、三日分ほどでしかなかった。
「戻ります」
確かに心地良い雰囲気とはいえ、ここは、私の勤める会社の事務所。
いつまでも残業しているわけにはいけない。
「戻るって?ねえアイコンから持ち帰りできるのかな?」
唐突に聞いた所為だろうか、くすくすと笑われた。
「それは駄目。できない。だって私はこのパソコンに居るのだから」
「ネットワークになってないの?」
「浮気者!」
「浮気者!?」
「そう。他の機械で再生しようなんて駄目。そんなことしたら消滅しちゃうよ」
「………」
「オートマチック アンインストール」
「………」
「それから、ビギナー特別!取り扱い説明ね」
「取り説!なに?」
「私は高性能ではないから、『アチャ』以外には再生しないからね」
彼女は、ずっと私の膝に腰を掛けたまま、甘い語らいのように過ごしている。
「わ、わかったよ。じゃあ『ヘルプ』して良い?」
「はい。でも『ヘルプ』は、一度のログインで一個だけ」
「了解」
「もし、ログインを間違えたら?」
「間違いは、二度迄、三度目は……」
「オートマチック アンインストールだね」
彼女は、私にずっと微笑みかけている。
「じゃあさ、彼女みたいな」
「しー。もう今回は終了」
私の唇に指が触れた感覚と耳元で囁くように言って膝の重みがすぅーっと消えた。
作品名:仮想現実 作家名:甜茶