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都市伝説

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 有香は迷わず兄のいるグループを追って走りだしたが、ランドセルと肩掛けの布鞄が邪魔で思うようにスピードが上がらない。第一、ここまでずっと駆け通しで息が上がっている。喉の奥がぜいぜいとひりついた音を立てている。
 それでもしばらくは走ったが、喉が乾いた、もう走れない、そう思ってブロック塀に手をついて足を止めた。俯く。
 止まってしまうともうしばらくは走れそうにない。顔を上げると、当然兄の姿はなかった。再度舌打ちをする。
 心中に渦巻くのは兄への恨み言だ。お兄ちゃんがお母さんやお父さんの言う事を守ってくれたら、私だってこんな馬鹿な事しないのに。っていうか、何こそこそやってるんだろう。今どんなにここらへんが怖いか、お兄ちゃんは判ってないんだ。ばかばかばか。
 最後の方は殆ど口に出して言いながら、有香は寄りかかったブロック塀を基点に身体を捻った。
 何の気無しに来た方向を見て、息を呑んだ。心臓が跳ねる。全身が凍った。一瞬にして汗が噴出す感覚、膝から下が震え出す。
 数メートルと離れてはいない路地の角に、トレンチコートを着た男が立っていた。悲鳴を上げようとしたが、上手くいかなかった。口の裏に張りついたように出てこない。
 後ずさる。スニーカーの踵が砂利の浮いた土の道を擦り、ざりざりと音を立てる。俯いていた男が、ゆっくりと顔を上げた。けれど顔までは見えない。ここからでは。目も。けれど。
(……目が合うと)
 連れていかれる?そして殺される?どうやって。でも、はっきり言って異常だ。何も言わない、何もしない。どうしてただこちらを見ているのか。それって、つまり。
 じりじりと後ずさって行って、電柱に背中がぶつかって、ようやく金縛りが解けた。くるりと振り向いて走り出した。
「誰かーっ!」
 助けを求める声は、はっきり言って頼りなかった。有香自身にも判る。叫ぶよりも走る事に酸素を使いたい身体は、思うような発声を許してはくれない。
「たす、助けて!誰か!」
 叫んで走りながらも、恐怖に涙が滲んでくる。周り中アパートや小さな工場なのに、どうして。人が全くいないのだろうか。そんなまさか。視界が歪む。振り返る事すら出来ない。振り返ったらすぐ真後ろに居そうで、そんな事を確認したら、恐怖で気絶してしまいそうだ。
 じぐざぐに路地を折れ、それでも人が見当たらない。見知った風景か、せめてあの道路に出ればなんとかなりそうなものなのに。気力が萎えかけたその瞬間、ようやく大きく息が吸えた。全力を振り絞って叫ぶ。
「お兄ちゃん……!」
 叫んですぐに、バランスを崩して転んだ。前のめりになって、腹から地面にぶつかる。息が止まり、本気で動けなくなった。
 それでももがきながら立ち上がろうとすると、自分の前の方で砂利を切るような音が響いた。
「有香ぁ!?」
 涙と泥でぐしゃぐしゃの顔を上げる。兄の自転車、青のメタリックのマウンテンバイクが目の前に止まる。
「何やってんだお前。つか、その格好……」
「あいつがいたの!」
 自転車を路肩に投げ出して呆れた表情で駆け寄った健に訴えると、ぎょっとした表情になった。
「トレンチコートの男?」
「そう!」
 手を掴んで立ち上がらせる健の腕に縋りながら訴える。地面に投げ出されたままになっていた有香の布鞄を拾って、口を開きかけた健が、はっとなって口を噤んだ。有香の腕を取って引き寄せる。
「……お前、どっちから来たって?」
 「え?あっち」
 後ろを振り向いて指そうとして、有香も顔色を変えた。
 兄が来た方向、数メートル離れた場所に、トレンチコートの男が立っていた。健は有香を庇うように動く。
「2ケツするぞ。乗れるか」
「うん」
「いいか、とりあえず走って逃げるから。ついてこいよ。途中で止めて乗っけるから、焦んな」
 何度も頷いて、兄の手から鞄を受け取ろうとしたが、健はそれを自分の肩に背負い上げた。そのまま有香の手を掴んで、彼女が来た方向に押し出す。
「走れ!」
 その声に反射的に駆け出した。振り返るまでもなく、兄が自転車を引き摺るように走り出したのが判った。背中でランドセルが踊る。足が重い。すぐに健が追い付いてきた。 「遅れんな!」
「うん!」
 自転車を押していても兄の方が少し早く、遅れ気味になりそうになるのを、有香は必死で追いかけた。
 何度も路地を曲がり、今度こそどこから来たのか判らなくなる。途端に健が自転車を止めて跨ったので、有香も慌てて駆け寄った。
「早く乗れ!」
 動き出した自転車に、兄の肩に手をかけて飛び乗る。かなりぐらぐらと揺れながらも、健はぐいぐいとペダルを漕ぐ足に力を込めた。
 あっと言う間に路地を走り抜けて、ようやく振り返ろうとして、やめた。兄の肩をぎゅっと掴む。
「……お兄ちゃん」
「なんだよ」
「あれ、なんだろうね」
「だから、あいつが例のアレだろ」
例のアレ、と繰り返す。それで充分な気がした。
「お兄ちゃん」
「だからなんだっつの」
「何してたの?」
「……」
 黙り込む。おや、と有香は首を傾げた。本当に詮索されたくない時には、うるせえだの黙ってろだのお前には関係ないだの言う癖に、そうやって誤魔化し切れない時は黙り込む。つまりは、詮索しても怒られはしないというわけで。
「一緒にいたの、野球のチームの人達でしょ」
「お前、どこから見てたんだよ!」
「抜け出すとこから」
 はあ、と大きなため息を吐いて、健の背中が丸くなる。
「……見回り」
「は?」
「だから、見回り」
「何それ」
「チームの奴の弟が、こないだいなくなったっつう私立の2年なの。そいつすんげぇショック受けててさ。犯人探してボコってやるとか、弟を見つけて取り返すんだとか、もう大変だったわけ。そいつの家は今マスコミがうろつくし、警察も出入りするしで大変だからさ、俺らが代わりに捜査しようって話だったんだけど」
 だから、少年団の中でも体格が良く度胸もある男子に声をかけ、自転車で数人のグループを組む事によって、自分達の身の安全を図りつつ、手がかりを掴もうと思っていたのだったが。
 そんな子供の幼稚な意図など全く無視して、また一人の子供が攫われてしまった。
「馬鹿だよなあ、俺ら」
「……ほんとにね」
 冷ややかに言ってやる。
「なんだよ」
「だってお兄ちゃん、お母さんがどれだけ心配してるか判ってない。もうノイローゼ気味だ、ってお父さん言ってたよ?いい加減にしてよね。私だって迷惑だよ。八つ当たりされるし」
「……そうかよ」
 反省しているか判らないが、静かな声だった。有香はそれ以上追及する事を止めて口を噤む。
 無言のまま、二人は道路沿いに出た。車の通りが激しく、歩道の幅もゆったりと作られている。が、自転車での走行は基本的に禁止にされている。その上、自転車の二人乗りは当然違反だ。降りた方がいいのかな、と有香が迷っていると、げ、と健が声をあげた。
「どしたの?」
「おまわりだよ。怒られるかも」
 確かに、前方から白い自転車に乗った警察官が近付いてくる。学校の多い区域である事と、大型道路や河川が近い事などから、こうやって巡回している姿をよく見かける。そして注意を受ける事も多いのだが。
作品名:都市伝説 作家名:あすか