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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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今日は風が強く、低く黒い雲が速く流れている。嵐の前触れのようなわくわくにも似た、心が落ち着かなくなる天気。このような天気がシヨウは実は好きだ。独り言ひとつ言わずに採り終えた。
(こんなもので良いかな)
帰ろうと振り向いて止まった。体の機能が一瞬だけ全停止したかもしれない。
全身が毛で覆われていて、四本足で立っていて犬や狼の類に見えなくもない。白い牙が剥き出しになって口からは舌と涎が垂れている。フリークスがいた。
(いつの間に)
犬のような呻き声を出している。
地面を蹴ってシヨウへ向かってきた。左に飛び退いた。しかし右腕に爪が掠る。
シヨウは一声も発しない。腰の剣ではなく近くに落ちていた太めの木の枝を見つけて手に取った。構える前にフリークスが飛んできていた。
「!!!」
押し倒され前足が正確に肩の上に乗っている。爪が食い込んでいる。
それよりもこのまま首に咬みつかれたら死ぬ。涎が落ちてきている。自由な足でフリークスの腹を蹴り上げ、転がり、立ち上がる。近くに落ちていた赤い実ごと篭を投げつけ、まだ持っていた木の枝で篭ごと力任せに殴った。急所でなくていい。ひるんだ隙に走った。すぐに剣を抜けるように姿勢を保ったまま。
そのまま街の手前の橋まで走りきれた。
「はぁはぁ、はぁーーーー」
橋の欄干に体を預ける。自分が出てきた森を見る。
追ってこない。動くものもなかった。
(あのフリークス、なんで襲って来た・・・? 前、来たときは二人だったから?)
心臓がまだ大きく動いている。走ったからではない。掌は痺れている。握ってみる。まだうまく力が入らない。
「あーシヨウじゃん? おーい」
橋の下から声がした。下の道に栗毛色の髪が見えた。
呼吸を急いで整える。
もうどうでも良くなったわけではないが、自分もフリークスに襲われた手前なんとなく、この男を責める資格が無くなったような気がした。
さてどうしたものだろうと考えていると、彼が下の道から登ってきた。
その身構えが緊張しているわけでも構えているわけでもなかった。
「ごめんなさい。考え事をしていただけ。ねぇ、あなた、フリークスに襲われて逃げたって言ってましたよね。それってどんなフリークスでした?」
「うわぉ。どうしたの? その乱れ様」
土の汚れや枯葉が全身にこびり付いている。袖は爪で所々裂かれ、肩や二の腕からは流血していた。もう乾いているが掌まで垂れている。
「どんなフリークスでした?」
笑顔で聞いた。
「さては、君も襲われたとか? 日頃の行いじゃない!? えーと、四本足で毛がむわぁって。よだれだらだらでガルルルル言ってこっち来た。俺必死こいて逃げたぜ? 庭のことはほんと悪かった。すまん」
「いいえ、私も大人げなかったです」
手を振り動かしもう気にしていませんと見えるようにする。
でも過剰にならないように。逆効果になってしまう。



朝、街の男達は森の前に集まっていた。辺りはいつもと変わらない。鳥のさえずりが聴こえる。
その男達を遠目で見る家族と思われる女や子供。それに混じってシヨウもそこにいた。
詳しい作戦はもちろんわからない。でも森の中でフリークスを追い詰めることはできないだろう。きっと見付けることも叶わない。別の場所に追い詰めるに違いない。
そんな物々しい空気の中に見知った顔があった。
あちらも気が付き、やはり笑顔になって近づいてくる。
「おはよう」
「おはようじゃない、なぜあなたがあの中にいるわけ」
「うーん、まあ色々あって」
その色々を教えろと言う前にジイドが続ける。
「フリークスに襲われたって聞いたんだけど大丈夫? なんかすごい恰好だったらしいけど」
シヨウは首を傾げる。見た目にはわからないが服の下は包帯を巻いている。
「森に一人で入るのは危険だって言ったのにどうして。あ、まさか赤い実を取りに行ったの?」シヨウの無言に肯定を見出したようだ。
「大きな声で言いたいけど、赤い実はもうやめたほうがいい」
もう笑っていない。しかし地顔が柔らかい印象なのでなかなか真剣に見えない。
「遅れるとこしたー。ようお二人さんおはよう。すげー眠い」
到着するなり、隠しもせず栗毛は大きな欠伸をした。腰に手をあて立っているのも辛そうだ。
「二人共、行くの?」
「そーう。頼まれたら断れない、俺って結構優しいんだなあ」
「違う違う、おまけおまけ。念の為にってことだから」
「おまけってお前? 俺はこの街の者だし」
さして興味のないやりとりを聞き流し、シヨウは考える。
「おい召集かかってる。行こうぜ」
さっさと出発する栗毛の後に続き数歩、けれどジイドは戻ってきた。
「あのさ、まさかとは思わないけど、というか失礼な言い方だな。でもあえて訊くけど。もしかしてフリークスが可哀相だと思ってる?」
一回、大きく瞬いた。
「可哀相? でも死ぬなら仕方ない。人間社会の近くに生まれてしまったのは運がなかった」
そう、不運としか言いようがない

森へ街へ人が去ってしまったあともシヨウはそこに留まり考えていた。
自分がしたいと思うこと。自分が出来ること。
全員納得の平和解決なんてない。結果は酷いが自分は出来る限り頑張りました、という感慨が持てるくらいの騒ぎなら起こすことはできる。しかしここは人間の世界だ。記憶と記録と噂と人の輪。それらが蠢いて奇跡のバランスを保っているのがここ。シヨウはそこから抜ける能力も財産もない。内面の熱い部分とは裏腹に、出来れば静かに暮らしたいと思っている。
最終地点の目星はついているので見に行くことにした。

シヨウは森の出口にいた。この先に民家は無い。
ふいに草を掻き分ける音がして、人の歩く音が近づく。
「いたいた! シヨウ!」
「栗毛じゃない、どうしたの?」
「栗・・・た、助けてくれ! 俺じゃどうすることも出来ないんだ! 助けてくれ!」
「何かあったの? フリークスは?」
「だから! 俺が、・・・俺がフリークスに言ってたんだ、逃げろって。それを、ジイドが自分だって、庇って。あのバカ! 誰が庇えって言ったんだよ!」
「・・・・・・ふうん。で、私にどうして欲しいの?」
「だから、助けてくれよ!」
「全員を斬って欲しいの? 殺さないようにするのって難しいのよ」
「べ、別にそこまで言ってない! ちょっと強いからって、なんでそうやってすぐ斬るとか殺すばっかり言うんだよ! 頭おかしいんじゃねえの!」
割とそのままそうだと思ったので一片も表情を変えなかった。
「じゃあどうしたいの。止めるって助けるって、どうやって? 私みたいな小娘が何か言って、何か変わるの?」
彼は黙った。仇を取れないような表情。そうしていたのは一瞬で、シヨウを諦めたのかまた山へ行ってしまった。


わかっている。自分が何をしても結局何も変わらないことは。
たった少しの波紋は大きなうねりに飲み込まれ、すぐに消える。自分の存在のようだ。小事だ。フリークスだって、ただ生きているのではない。勝手に生まれたけど、誰かが殺していいというわけでもない。怖いのだ。死ぬのも人も。彼等はわかっている。それくらいわかる。それでいいではないか。
彼の前にフリークスは現れた。
距離は30メートルほどだろうか。一歩一歩慎重に近づく。
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン