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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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案外普通の口調で返すことができた。
「えーと、さっきはごめんね」
「あなたが謝ることじゃない。謝られてこの花壇が直るなら世話ないね・・・」
じゃなくて!
八つ当たりをした自分に嫌気が差す。いつもあとから後悔する。だから後悔というのだが。このフレーズをこういった場面でいつも思い出す。
「それと、これ」
野菜や柑橘の果物が入った袋。すっかり忘れていた。
「あ、ありがとう」
最近不覚が多すぎる。存在自体を忘れてしまう、ということをしでかしたことは今までになかったのに。
「シヨウ、笑ったほうがかわいいのに一人でいるときは鉄仮面だよ」
やはり斬っておけば良かったと思わざるを得なかった。

それからジイドは何度か店に来た。
裏庭で話すときもあれば、生垣ごしに数回のやりとりだけのときもあった。
花壇はすっかり片付けてしまった。今は何もない。土が平らになっている。
「次は何植えるのー? 野菜とかいいよねー。家庭菜園。シヨウ、シヨウ、ミミズがいる。栄養が豊富な証拠だねえ凄いよ」
「野菜はいい考えかも。エリーもそれならやる気が出るんじゃないかな・・・」
「うっそ、エリーさんそこまで酷いの? ここ来たときから酷かった?」
「あ、それは違ったな。・・・多分だけど一人のときはきちんとやれるんだと思う」
「それじゃあシヨウが駄目にしてるんだ」
「おい笑うな。何、その理屈」



夕方からメニューに酒を出している。下階から声が聞こえる。完全に日が暮れるまで人は酒を飲む。シヨウは今日は非番だ。たまにこういう日がある。
部屋は物が少ない。ベッドが一番大きい。今はそこに横たわっている。
「聞いてよ。あいつまた来るって。いつも言うのよ。冗談じゃない。同情でもされているのか?」
腰から抜いた剣と川の字になっていた。返事をする者はいない。
一瞬静かになる。下の階から流れてくる音楽が途切れた。
ロウソクが灯る店内。軽快な人の声の音楽が確かに止まっている。
シヨウは階段を下りた通路にいた。左手の扉は裏庭へ出る。右手の扉がリビング兼台所。今は店に改装したところになる。扉の向こうから声がする。
「なんでこんな人間が大勢いるところにわざわざ来るのか理解不能」
扉の向こうの気配がこちらに近づいてくる。シヨウは開け放った。ジイドの方へと開いた扉。ドアノブへ延ばした手が空中で止まっていた。通路をあける。目が合ったかはわからなかった。前髪で隠れて見えない。目の前の扉が閉まる。続いて、裏口の扉が静かに閉まる音。外はもう夕方とはいえない暗さだ。
シヨウは店側の扉を開ける。
「何? どうしたの?」
「なんでもないの。ちょっと。ね」
エリーが言葉を選んで言う。
「ねえ、何?」
聞く人が聞けば、不敵な物言いに聞こえるように訊いた。
自分は少し笑っている、と自覚できる。どう答えるか気になって、珍しく詰め寄ってみた。
「・・・なんでもねえよ」
「子供には関係ない」
「わからないから聞いています。彼がノス・フォールンだから?」
数人立っている。見ている。座っている人も見ている。
見ていない人もいる。隣と話している人もいる。帰ろうとしている者もいる。
一体これはなんだろう。何に関係があるのだろう。
エリーを見た。
逸れると思った視線は、揺れながらシヨウのところで止まっている。
「ごめん、エリー。約束のあれ。今いい?」
「え、ええ」
エリーが動き出す。氷が入った棚を開ける。
「ノス・フォールンなんて、どうでもいいと思いますけどね」
フォーク入れから一本取り出す。
「どうでもいいなら相手にもしなければいいのに」
丸いケーキを受け取りシヨウは歩き出す。扉を開け、階段の前に出る。エリーが追いかけて言った。
「そういうことは皆わかってるの。だけど」後ろ手で扉を閉める。「誰だって見られたくないモノはあるから。この星すべての人間が、シヨウみたいな考えじゃないのよ」
「わかってる」

一万年前、遥か空の上から降り立ったという異星人がいた。ノス・フォールン。
彼らはこの星の先住民と外見の違いがさほどなかったため、瞬く間に溶け込んだ。しかし、頭脳の構造は明確に違っていた。一万年経っても顕れる彼らの頭脳の構造は、この星に生まれた人間ならば誰もが知っている。
頭脳の表層で考えていることを読む能力。心が読めるのだ。

ジイドは何も植わってない花壇の前にしゃがんでいる。シヨウが扉を開けても何も反応しない。それくらいどうってことはない距離だからだ。
こういうことに慣れないシヨウだった。そもそも、人から相談されることが今までにあったか、今考えただけでは、記憶にない。緊張しているのがわかる。元気付ける?気持ち悪い。その行為をしている自分に対する感想。相談されたことがない。だから他人には解決を決して与えられない。
(ええと違うな。この件は私はわからないし関係ない。関係ない話をするのか? 子供か・・・)
あれこれ考える。この声は聞こえていない。簡単だ。
花壇を囲む辺に座る。ジイドとはタンジェントの位置。ケーキを食べる。冷たくて美味しい。甘さ控えめ。花壇以外の部分は荒れ放題だ。
「あ・・・ごめんね〜」
笑った。
「なんか騒がせちゃったねえ」
いつもの顔。この表情。
口の中のスポンジを咀嚼しながらジイドの方を見てみる。
長い前髪。
飲み込む。
「その態度がむかつくと言ってる」
ジイドに変化があったかは見ていない。傍らにケーキを乗せた皿を地面に置く。
こんなときでも冷静な自分に笑いたくなる。
一歩、二歩進み、ジイドの横に立つ。両手で彼の頭部を掴む。ジイドは後退できずに土の上に完全に座ってしまった。無理矢理こちらに向ける。
さすがに目が見える。見開かれた。彼の口が何かを発する前に言った。
「言いたいことがあればはっきり言えばいい。全部を敵にしたっていいじゃない」
目線が外れる。
「ええ、それって、シヨウのことじゃ・・・」
「ごまかすな」
黄金の目が揺らぐ。
至近距離で睨む。逃がさない。
自分だったらこうでもされないと、嫌なことから逃げてしまう。
紫暗の目で見つめ返す。お互いに全然珍しくない色だ、と思う。
導き出した彼の答えは。
「でも・・・シヨウが味方なら心強いかも」
少し困った顔。消え入りそうな声だった。
「ふうん、そう」
手を離す。そしてさっきと同じ場所に座り直す。
なんだろう、拍子抜けしたのはわかる。一体何を期待していたのか。やはり慣れないことをするものではないという結論に達した。
「ねえ、ノス・フォールンの知り合いがいた?」
「いたよ」
「なんか、シヨウの隣ってへにょーってなる」
「は?」
「楽だってこと。脳で直接考える人の近くはやっぱり楽だな。情報量が少ないからか、やっぱり」



シヨウは赤い実を採りに来ていた。いつもの場所である。採りに行かされるこっちの身にもなってほしいと思ったが、泊まらせてご飯を食べさせてもらっている手前、何も言えない。自生している赤い実はここ以外見たことはない。エリーとの山散で偶然見付け、通っているというわけだ。
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン