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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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遠くの山々もくっきりと見える。その風景をシヨウは見ていた。
「それで、何かわかりましたか?」
ジイドは目を逸らす。目は髪に隠れてよく見えない。
「うーんどうだろう、特に何も。ごめんね〜なんか大変な目に遭わせちゃって」
「いいえ。大丈夫ですよ」
頭をゆっくり振って一応安心させておく。
訊いても本当のところは答えてくれないだろう。
「あ! 篭と実! どうしよう! 戻ってとってくるよ。もう大丈夫だろうし」
「今日はもう疲れたのでいいですよ、エリーもわかってくれます。それと・・・フリークスにはあまり首を突っ込まないほうがいいですよ」


エリーの店へ戻る途中、何か食べたいというジイドの誘いで店が連なっている区域を通った。昔ながらの店頭での売買や屋台もある。エリーへのおみやげをいくつか買っておく。
「あら、あそこ。また・・・なんだろうねえ」
近くを通る人達がちらちら振り向いて囁き合っている。
その方向を見ると二軒先の店の前に、人の囲いが出来ていた。
「あの女の子二人、ここらじゃ有名な仲良しなんだけどね」
凄みのある声で、顔まで近づけて言うものだから一歩退いた。
知らない小太りの女が説明している。おばさんの近くには誰もいないので自分に説明してくれているのだろうとシヨウは顔をそちらへ向けた。説明を聞くと、わざとだわざとじゃないの問答だった。
そこに「わざとだ」という確固たる自信を持って言い張る、第三者が出てきたものだからにわかに盛り上がる。いや、盛り下がった。
群集のどこからか声がした。
「ああ、ノス・フォールンか」
誰も納得がないが解決へと方向が向いたところで、シヨウの関心も薄れたその時だった。
「あれってやばいね・・・」
目だけで横のジイドを見た。
「こういうことは他人が口を挟むことじゃないと思うけど・・・あ、すみません」
シヨウが何か言う前に、ジイドは人を掻き分け、騒ぎの中心に行ってしまった。
彼女のいる位置から会話はよく聞こえないが、ジイドが栗毛の男に何かを言い、そのまま二人は輪から外れてしまった。でも栗毛の男は納得していない顔。
シヨウはその二人の後を追った。


畑が並んだ農道。民家は遠く何軒か見えるだけだ。
この間知り合った、とまではいかないが、顔だけは知ってる人なので彼は言われるままついて行った。
「え、えーと君ねえ、ああいう事に首つっこまないようにしたほうがいいよ?」
何かと思えば、彼には説教にしか聞こえなかった。
「はー? いいじゃん、本当のこと言っただけだし。俺たちじゃなきゃわかんなかっただろ」
「そういうことじゃなくってね・・・」
この人は何か難しい方向に考えているらしい。社会人になって沢山の人間の輪に入るって面倒くさいな、とつくづく彼は思った。
そう思っていたら、前方に見慣れた、否、見たくもない人影が見えて、不覚にも彼は固まってしまった。
あの女だ。
彼女は持っていた荷物を道端に投げ捨てた。黄色い果物が土手を転がる。
その瞳は一点を、自分だけを見ていた。たとえ女でも逆の意味での熱い視線はごめんだった。
あんた、わかってるよね?と無言で迫ってくる。
「す、すまんて、謝ってんじゃん! あんたもしつこいなぁ!」
突然把握できたのか軽い声が飛んできた。
「あっそうか。君があの花壇をやっちゃったんだ」
「だから言ってるだろ! フリークスが追ってきて! 逃げたところがたまたま花壇だっただけだって! ほんとに死ぬかと思ったんだぜ!」
「フリークスに追われるなんて、あんたが悪い」
女は腰の剣の柄に手をかけ、抜いた。
「まあまあ穏便に。というかそ、それほんと!? そのフリークスってもしかして・・・ なんで??!」
剣は抜けていなかった。目の前の緑の髪が柄の先を押していたからだ。抜剣を阻止している手を凝視し、女も止まっていた。自分と女の間に挟まれる格好となっていて、尚も自分の話を続けている。
「えーとシヨウさん? この人、悪気は無かったみたいだし、許してあげれば?」
「そうだそうだ!」
二人一緒に斬ってやろうかと、一秒くらい本気で考えた顔になったあと一呼吸。彼女は剣を押さえる手にそっと触れた。
「あれっ」
目の前の男が宙に浮いていた。そのまま、背中から地面に落ちる。何が起きたのか自分の脳はまだ処理中だし落ちた方も分析中だろう。地面の物体のことをすっかり忘れたかのように、女はこちらにやってくる。普通の足取りで。
これはもう範疇を超えている。逃げ出す体勢をしないといけないのに動けない。姿勢さえとれない。
けれど地面に転がった男が意外にも早く復活し、彼を庇うように立ちふさがった。
「ま、まぁまぁ・・・平和に・・・」
「あなたには関係ない」
「だからね、花ならまた植え直せばいいよ」
「あ! あれは!」一拍。「あの、花壇はねえ・・・!」
呼吸が苦しそうだ。次の言葉は紡がれず、何かを出そうとするのと押さえるのに必死に見えた。その何かはわかるようでわからない。
「もういい」
そう一言残して彼女は去った。
「あーあ、泣かした」
「えーっ 今のって俺のせい!?」
「どう考えてもあんたのせいだろ。俺知らねー」
考え込んでいる。わかりきったことの何を考えているだろう、と冷めた横目で見ながら、既に別のことを考えていた。

あれは特に何か考えての行動ではなかった。興味本位とすら言えない。
フリークスが住んでいるというので誰も近づかなくなった森に入った。フリークスの噂は知っていたし撃退する術も持っていないし遭遇したらどうするのか、それすらも考えていなかった。そして出会ったのだ。
異様な姿を目の前にして、しかし彼が思ったことは恐怖ではない。
可哀相だと、思ったのだ。
自分はノス・フォールンだと知っている。
でも人生でほとんど初めて意識した。次の瞬間に襲われた。


(泣くな泣くな泣くな! こんな事くらいで泣くな! そもそも花壇なんてどうでもいいじゃない。花壇くらいで。馬鹿だ。馬鹿馬鹿馬鹿。くっそ、修行が足りない!)
薄暗い道を考えて歩いていた。昼間でなくて良かった、自分は多分ものすごい顔をしている。割と押さえられていないことが自覚できた。
裏庭に入った。今頃、店はエリーが一人で切り盛りしている。シヨウも手伝わなければならなかった。でも今はとてもじゃないが仕事を出来る状態ではない、と思いながらも呼ばれれば店に出るだろう。
そして普段と変わらず勤務をするのだ。そう思ったら冷静になってきた。
しかし彼女は最初から冷静だった。固執しているものがあって、それを失って、傷付いている自分。歳をとったものだ。
目の前の小さな花壇は荒れたままだった。放置している。小さな空間を見つめていた。
猫が歩いている。敷地を横断している。互いの存在を認めても逃げ出さない。首輪はしていない。しゃがんで手を振ると近づいてきた。
手に擦り寄る。尻尾がぴんと立っている。雄だった。
「ごめんね。何も持っていないよ」
両手を広げてみせる。その手をしばし見た。猫はふと何かに気づき行ってしまった。相変わらず、動物は思うように生きている。
「シヨウ、生きてる・・・?」
緊張感の無い声がした。ささやかな高さの生垣の外からジイドが見ている。
「何かご用ですか」
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン