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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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「そんなもの、いくらでも持っていけばいいさ」
「今の・・・本当に道案内してくれたんですか」
問いかけてきたノス・フォールンの方を向く。誰もいない彼の背後に向かっておもむろに指をさした。
「君の後ろに・・・」
「ぎゃー!! ってその手には乗りませんよ」
冗談に乗ったにしては鬼気迫る声を出し、背後を二度も確認している。ベリルに何か言いたげに睨むが無視した。その応酬も終わり、彼は黙ってしまった。
「にしても危ないね。シヨウが一歩でも前に出ていたらどうしたんだい?」
「はい・・・すみません」
また沈黙が落ちる。ベリルはそろそろ面倒くさくなってきた。
ジイドはシヨウの長剣を拾い、そして見渡す。ほどなくして歩き出した。その先を見るとレヴィネクスが佇んでいる。彼と数回やりとりをしていた。そして剣を鞘に納める。
「先生〜 待って〜 どこ〜?」
リアの声がする。彼女の姿が見えたので手を振る。すぐに走ってやってきた。息を上げているが自分の疲労と比べたら全然元気に見える。
広場を見て、驚き、苦い顔をし、悲しみを浮かべ、それを振り払い、ベリルに向き直る。
「シヨウは?」
「青春を謳歌しにちょっと走りに行っているよ」
「先生・・・冗談言ってる場合じゃないです」
「うん。大丈夫だよ」
「あ・・・見て! 星が」
光が落ちている。南から北の空にかけて、広く、幾筋も軌跡を描いている。毎年、熱心なファンも、そうでない人達にも噂される流星群だが、天体への興味は大分前に薄れていて、名前を思い出せなかった。
ここは山の上で、建物の大きさや光害も山の下ほど影響を受けない。世間で噂されている割には数が多いな、とベリルは思う。彼の育った場所とこの世界では、空や雲の色といった昼間の様子に違いがあるが夜の色はそこまで違いはない。髪を無造作に払う。一際大きな火球が雲の影で消えたあとに言った。
「さて、シヨウを迎えに行こうか。そろそろ途方に暮れてる頃だよ」
と困った顔をしてみせた。
「何してんの? 行こうよ!」
ベリルが歩き出した後ろでリアが大きな声で言っている。振り返って見ると、更に遠くでジイドが歩き出し兼ねている。そんな行動を見兼ねて、リアは彼の方に行き腕を引いてくる。ベリルは溜息が出た。
空を見上げる。星は相変わらずあちらこちらで流れ、時には大きな爆発を見せているがどれも最後には消える。オウカの話を聞いた時、シヨウに根付いていた仏葬花が見る間に項垂れていった。仏葬花と人間の体の実験の昔の記録を読んだことがあった。残酷なことほど昔の人々は興味を持ち、初期に実験し終えていた。あの分では大した処置も要らず、治ってしまうかもしれない。
ずっと視界の隅に在った白い靄。光などないのになぜか見えるそれは最初からずっと付いてまわった。人のような形をしたそれはいつも後姿で(なぜか後ろだとわかる)、どんな表情をしているかはベリルにはわからない。しかしよく見知った後姿。
彼の視線は、今はどこかへ行ってしまった彼女へといつも向いていた。
しかしそれは今、ベリルの目の前で次第に薄く小さくなっていく。
消える間際に初めてこちらを振り向き一礼した。
やはり表情は見えなかった。

どこまでも走る。まだ夜半ですらない。窓や玄関の前、庭で幾人かを見掛け、皆一様に空を見上げている。例年はどうなのかわからないが、十年前に見た流星群には程遠い規模だ。分水嶺の向こう側に出る。坂が続いている。住所上ではもう隣街だ。こちらはまだ行ったことの無い地域だったので引き返す。
穴を掘って怒られた秘密基地跡、四葉より沢山の葉が生えるクローバーの場所、猫の集まる家。なぜか色々思い出す。
空には流星。星を飲み込む巨大な彗星の中にいるのなら、何か不思議なことが起きてもいいんじゃないかと思えた。
けれど、どこにも何もいない。ただ暗闇が広がっていた。
民家の外れの大きな二本の樹の間に敷かれた道で、足の痛みが意識を支配し、歩みを止める。見上げると、樹は闇の中、寄り添って風に吹かれていた。
故郷のあの樹と種類も違う。位置も人間が意図的に植えたもの。
あそこで見送ってもらうはずだった。村の外へ続くあの道で。
「あのね」
ほとんど口の中でつぶやく。
「一人になるのが怖かった。だからいっそ」
どこまでも自分の為。笑えてくる。
「自分から切り離したかった」
支えられていたのは自分のほう。
雰囲気も何もない。ここは人口密集地の住宅街。
涙は出ない。皆は心配しすぎている。
地表はもう光の恒星へと向きを変えている。どこかでこの瞬間にも、次々と朝がやって来ている。この地にももうじき。必ず。
「だからもう行くね」
言えなかった言葉。
「いってきます」
流星は朝日の中に消えていく。反対の空はまだ闇で、しかし流星はその間際の闇の中で一番輝けるのだ。
それを見たい。皆で見たい。
不覚にもジイドの言葉が嬉しかったのだ。そんなことでやっと他者へ意識が向く自分に本当に呆れる。でも、誰よりも一生付き合わねばならない。
「おーい」
声のする方を探す。坂から皆が下りてくる。リアが手を振っている。
彼女は力いっぱい手を振り、応えた。


砂上の城に黒い忍は音もなく着く。
「来たか」
白衣の研究者たちは待ちきれず立ち上がる。リーンから箱を取り上げ、開けた。
白い煙が広がり低い位置に落ちていく。透明な袋の中に広がっていたのは仏葬花の赤。根は眼球と脳を吸い尽くし終えて、跡には黒い穴が空ろに在るだけだ。こうして見ている間にも皮膚が根に食われている。数日もすれば骨だけと化し、数か月を要して骨も無くなる。
「骨だけだが良しとするか。花を切り落とせ」


「晴れているねえ。もうすぐ本格的な暑さがやってくる。北に行こうかな」
「避暑なんて、先生だけですよ、そんなこと出来るのは」
風が吹く。暑くも寒くもない。
「どう? 気分は? 体調のほうではなくて」
シヨウは少し考えた。
「先生も、手放せばわかる」
「それはどんな感じ?」
「うーん、よくわからない。根本的なものは変わっていない、これだけは言える。多分、先生は何も変わらないよ。・・・これじゃいいこと言っていないし。なんといえばいいのかな・・・」
どう言い表したものか考える。
「そういえば。ジードくん」
その名前に思考が止まる。
「あれから会った?」
「いいえ・・・」
ベリルの探る視線から逃げる方法を考える。
「先生はその・・・戻らないのですか」
「どこに?」
シヨウの目を見て、しれっと訊き返してくる。
「先生の家にです。ほら、逃げたきたって」
「ああ、あれ。そんなことも言ったねー」
「行くならお目付け役を忘れないでください」
彼の目が、それを見る。
「都合が悪くなれば、それで薙ぎ払えって?」
意地悪く笑われるが、シヨウは精神的にも助かった事があったのでなんとも言えない。
「自分にはそれがあるから、もういいというわけか」
「いえ・・・」
彼女の腰には二本一対の剣が差してある。
「話し相手がいるのは結構楽しいものです。例えば私とかリアとか、目の前にいない共通の人間の話題があると、また違う」
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン