仏葬花
その大きさを、思い知る。
夕方前の道を三人が歩く。
「随分気に入られているみたいだね。先生に」
「まさか。面白いから、懐かしいから構っているだけ。私をいじるのもそう。全てを好きで、全てに興味がある。だから私は特別ではない」
「お二人さん、何食べたい?」
「甘い物!!」
「シヨウは何が良い?」
「えーと・・・」
「まだきのこは嫌い?」
「うーん。そこまで・・・」
「オウカも嫌いだった。もう食べることが出来るようになった? 大人になっても、無理なものは無理っていうのあるよね」
「い、いえ・・・・・・えっとまだ苦手です。昔ほどではないけど・・・」
「そうなの? 美味しいのに! シヨウかわいいなあ」
シヨウから離れてくるくる歩く。
「ジードも来れば良かったのに。でも学校忙しいんじゃ仕方ないよね。私も進路そろそろ・・・。どうしようかな・・・」
「そういう話も聞くよ。就職に関してはあまり参考にならない意見しか持っていないけど」
「うーん。卒業後、どこの学校にするかというより、就職か進学か悩んでる。このまま進学しても勉強をする意味が見出せないというか。そこまで勉強して知りたいことがない・・・」
「なるほど。結論から言ってしまうと進学を勧めるよ。やりたいことがまだ見付からないなら、それを見付ける為にも尚更。しかも今の学力で入れる一番良いところへ。そうすれば将来、格上の企業も狙える。街の北の学校とかは?」
「あー・・・ジードが行ってるとこ」
「ジード?・・・・・・ああ、あのノス・フォールンか。ふうん。結構良いところだと思うよ」
「そっか。あ、先生、あそこです!」
「シヨウ?」
「はい。あ・・・」
足が止まる。明かりが灯る店の前に二人はいる。彼女はその更に手前で止まってしまった。なぜかと問われればわからないと答えるが、でもわかりきっている。
それを言うまで時間がかかる。覚悟が要る。けれど言ってしまわねばどうにかなりそうだった。それまでも仕事で、もっとずっと嫌で嫌で仕方なかったことがあったが、それよりも辛くて苦しい。この場から逃げたい。
それでも、店に入って食べて話してしまえば、地獄に飛び込んでしまえば適応してしまう。耐えることが出来てしまう。耐え抜いた小さな達成感を得られて、満足する。
そうして後回しにしてきたのだ。
シヨウは平日休みの場合が多い。でもそれは、大半を占める土日休みの人と予定が合わないということになる。けれど平日の気楽さを知ってしまったら、とてもではないが土日を休日に充てるのを躊躇ってしまう。だから期待してはいなかった。
そんないつもの平日。彼女はいつもの民家の支社のラウンジにいた。リアやベリルといった外部の人間が出入りしているせいか、最近活気みたいなものを感じるようになった。
読みかけの本は読んでしまった。もっと調べたいものがあったので離れた所にある大きな図書館に行くことにする。丁度今日は外部の人間が新規で受付可能な曜日だ。受付は簡単に済んでしまって中に入る。本が沢山あった。彼女がいつも行く近所の図書館はとても小さかったのだ。館内を一通り見て、いくつかを手にとってもみたが早々に後にする。学校の広い敷地はどこも物珍しく、あちらこちら見てしまう。不自然にならない程度になるべく遠回りして敷地を出た。本は借りなかった。お目当てを見付けることも出来なかった。
夕暮れでもう誰もいなかった。まっすぐの下り坂だった。この辺りでは一番高い所で、学校があるせいか樹が沢山あり、外からは山のように見える。眼下に街並み広がっている。恐るべきことに、この一つ一つに個があり経過してきた時間があり、人生があるのだ。薄い灯りがところどころに見えた。一般家庭に安定して電気が供給されるまで、あと百年では人間が多すぎる。
「これ、返してもらうよ」
背後から声がした。
素早く振り向く。が、何かを考える間もなく体が凍りつく。
その人物が数歩下がるのが見えた。手の中に剣がある。
彼の腰にも同じ剣が差されているのを見て、自分の腰に差していた剣が抜かれたことにようやく気が付く。
薄暗くても、幾度も確認しなくてもわかる。
わかりすぎる。
けれど、人違いではないかと一縷の望みを賭けて、彼女は突っ立ったまま待った。
彼は。
だって。
横からの風で乱れた髪を全く気にせず彼はそこに存在した。
殺気を放っているわけでも威圧的でもなく自然だった。
笑顔だった。全く変わらない。記憶が鮮明に蘇る。
一体、何が。
起きている?
「久しぶりだね」
更に笑顔になる。
「何・・・なん・・・」
「会いたかった」
眼の色が煌めいている。
「い、生きて・・・」
「そうだよ。ああ、驚かせてしまったね」
彼はゆっくり近づいて、シヨウの手を自分の両手で包み込む。一歩引いたがそれ以上に早く彼の手に捕らえられた。
「ほら。ちゃんと生きているでしょう」
彼女と同じくらいの大きさ。暖かい。
確かに、体温を感じた。
心臓が止まるのを見届けたわけではない。怖くて逃げたのだ。
またいつか会える。
心のどこかで期待していた。
「オウ、カ・・・・・・」
変わらない笑顔。
「そうだよ、姉さん」
ああ・・・。
大きな息を吐いた。
「はあ、うるさくてしょうがない。だから・・・」
一歩近づく。
「はい、そこまでですよ」
黒い影が彼目掛けて落ちてきた。彼は素早く後退し黒い影を躱す。
素早い二人が無言で視線を交わす。
「また会いに来るよ」
黒い人物の向こうからそう言うなり、彼は眼下の街へ飛び降りた。下は広大な住宅街でもう薄暗い。リーンは追う姿勢を微塵も見せなかった。
大きく息を吐き、シヨウはしゃがみこんだ。
「大丈夫ですか? まさか本当に現れるとは思いませんでした」
剣を仕舞って彼女に手を差し伸べた。その手を取って立ち上がり離さずに問う。
このタイミング。
「尾行していたの?」
「そうですよ。でなければこの絶妙な機は有り得ません」
「あなたは・・・」
何を知っているか訊いても無駄か、という考えが先行し言葉が切れる。
「こうなってしまった以上、レンジェ・ソアレスあたりから説明があるでしょう。私の口から言っていいものか、わかりかねます」
「会社が・・・やはり噛んでいる」
「噛んでいるという言い方は可笑しいです。笑ってしまう〜の可笑しい、ですから。別に噛んでいませんよ。関わっていたくて突っ込んでいるのです。端的に言うと今後の利益の為です」
リーンを解放し、しばし考えていた。
「大丈夫ですか」
「わかった・・・・・・大丈夫。一人で帰れます」
そうですか、と一言言っただけで、彼はすぐに先程の彼と同じ方向へ飛び降りる。さすがに速く、民家の細い道に降りたと思ったら瞬く間に軒先や樹で見えなくなった。
風などもう無い。空気さえ感じられない。
坂道の下から人が来る。全く、どこも一人になれない。田舎と同じだった。
地面にしゃがんで顔を両手で覆う。
「あああああ・・・・」
手の中にくぐもった声が響いた。
後回しにしていたツケが。
来る。
彼女は泣き崩れも倒れもしない。自力で帰った。
フリークスが村を襲ったのは早朝。