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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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「そ、そんな、ベリル様。それは、恐れ多い・・・」
「それなら二人っきりのときだけ」
「先生。何しているんですか」
「君は・・・どちら様かな? 先生と呼ばれる筋合いは、ないけど」
いつの間にか入ってきたジイドが二人の背後にいた。彼は無表情だ。
開けっ放しの扉から更に入ってくる。
「きゃあああ! 本当に本物? 本物のヨーギ!!!!」
「やあ初めまして、可愛い魔女の方」
リアは感極まってシヨウの腕をばんばん叩く始末である。
「知り合いだって、なんで言ってくれなかったの!」
「ごめんなさい・・・知らなくて」
「知らないとか、有り得ない! わかるじゃん。シヨウ変わってるからわからなかったんじゃない?」
そう、彼女も今は見ればわかる。彼の周りは間違いなく空気が違った。光が当たっても変わらない黒い髪。反射する黒い眼。空気の粒子が光っているようだ。実際にはほこりが舞っているだけなのだが、それでさえ彼を特別に見せる。
「さて」
「どこ行くの?」
「えっと、仕事です」
「仕事! そっか。もうそんな年齢だったね。シヨウが働いている姿はなんか想像出来ない」
「そうですよ。そんな歳です」
外に出て勤務地に向かう。体が軽く小走りしてしまう。ジイドの呼ぶ声がした。走って追いかけてくる。早足に変えて進んだ。
「今日はご機嫌だね」
「そうでもない」
でも顔が緩んでいる。自覚できる。このまま走って行けそうだった。
ジイドが突然視界の端から消えた。立ち止まって振り返る。
彼は少し後ろで突っ立っていた。目にごみでも入ったのだろうかと一呼吸置いたが、そうではないようだ。まだ突っ立ったまま。
微動だにしない。
「ジード?」
仕方なく引き返す。やや俯き、手を額に当てていて表情は見えない。
どこともなく触れようと手を伸ばすと、彼は動き出した。
「大丈夫。ちょっと寝てた」笑って訂正する。「嘘。寝不足で立ちくらみ。ちょっと課題が大変で」
そう言って身なりを整えている。目の前で伸ばされた手は気付かれず、そのまま下ろした。
「あそうだ、まだこれ借りていて良い?」
そう言って腰の剣を指す。もういつも通りの彼だった。
「うん・・・」
「良かった。レヴィには説明が大変だけど、それもまた勉強になるね。自分が物事をいかに歪に認識しているかよくわかった」
「ああ、そうそうそう。そうなの」
まだ考えることがあったが、レヴィネクスのことで自分が感じていた違和感を、言葉に落とした表現が的確で、嬉しかった。これもまた自分一人では味わえない感覚であった。
「だよねえ」
「ジードでもそう思うんだ」
「人をなんだと思ってる」
「そういう意味ではなくて」
「本当、ノス・フォールンには優しいね」


先日の謝罪から始まり、難しい話題を経て今は談笑になっていた。
「あの研究所は行ってみたい。面白い所に建てたと思ったら・・・最近の進出は会長が変わられたからなんですね」
「これからは色々なことを考えねばならないので、これもやむを得ず、なんだが。どうにかするのが下の役目とはいえ、それがまた・・・」
ヨーギを連れて来いとレンジェに呼ばれ、ベリルと一緒に出向き、今は応接間で時間を潰している。ここは先日訪れた大きな支社で、建物も人もさっぱりわからず居場所がない。することもない。自分はいつまでここに居れば良いのだろう。己の存在意義を自問自答し始めたところだった。
「やっていけるも何も、やってもらうしかない。やつを見ろ。無賃の残業をいくらでもしくさってやがる。歳をとればそうなるもんだが。今の若いのがそうなるまで五年では難しい。はあ」
「こっち見て何言っているのですか。私ですか」
「ある程度歳を取っていればそうかもしれない。逆に何もない人ほど帰宅が早そうな気がするなあ。自分の時間を少しでもなんとか、みたいな。でもシヨウがそうなのはまた別な気が・・・」
「ちょっと。あの、先生まで」
凭れ掛かっているレンジェの次は椅子でくつろぐベリルだった。シヨウは二人の真ん中あたりに位置していたので縮こまるしかない。
「非効率なだけだろう。勤務後に時間がある独り者だからだらだらやる」
「シヨウは単に責任感があるだけだよね。昔からそうだった」
「そ、そんなことないですよ」
「オウカはああ見えて自由奔放だったから。そりゃ責任感も出てくる」
一瞬、脳に空間が出来る。
「苦労してた?」
「えっと・・・・・・」
その空間を言葉で埋めようとしたがうまく出てこない。
「そんなこと、なかったと思いますけど・・・」
「そうか? あれは自覚的だったからこその奔放に見えたがな」
「自覚的。そうだね、下の者はそうなる傾向が強い」
「おっと、時間だな」
レンジェが凭れた壁から背を離す。
「今日は誰と食事だっけ」
「会長の弟さん。つい最近戻られたばかりだ。地方へ飛んで不在がちだが幹部だ。会っておいて損はしないだろう」
「ああいうのって食べた気がしないんだよねえ。というわけで今度一緒に何か食べに行こう。シヨウ。どこか良いところ教えて?」
「いいですよ・・・」
「二人で」
「はい・・・いえ、皆で」
ベリルは無言で笑って、準備を始めた。

いつもの小さな支社で、リアは部外者なのだが当然のように居る。そして会社も何も言わない。
「先生ってどこの地方の生まれなんですか?」
「ここじゃないよ。もっと遠い所」
「へえ。東かと思ったんだけど違うんですねー」
「ここは色んな人間が居るから、あまり遠くに来た感じがしないね」
「星都のお膝元ですもん。変に言うと大部分が地方の人間で構成されてる」
「そう。ここまで一点集中した首都も珍しい。だから星の首都になったのだと思うけど。でも本当に人が多い・・・」
「ね、先生って世界の色々な所を周って来たんでしょ。どういう所に行ったの? 印象に残っている所は?」
「ちょっとした山登りになっている鳥居が沢山ある神社とか、有名な歴史人の首を洗ったと言われる井戸があって、それが民家に囲まれているちょっとした敷地にあって、あそこは落ち着かなかったなあ。印象に残っていると言えばやっぱりシヨウの居た地方だね。あそこはまあ典型的な田舎で、暮らしていたのは少しの間だけだったけど。今思えば一番楽しかったかもしれない」
シヨウの全神経はそちらへ向いている。叫んでいる。
「面白かったよ。シヨウもオウカも良くしてくれたし。シヨウは意外にも背丈は今とそんなに変わらない。成長が早かった方なのかな」
「どんな子だったの? 興味ある!」
「静かな子だった。あ、だけどひん曲がり具合は変わらないかな。ほら、よく話すよね、戻れるならいつに戻りたいかって。それならあの頃を選ぶよ」
ふいにリアが声を潜める。でもこの距離で完全な内緒話は無理だ。
「ねえねえ。オウカって、誰?」
「ああ。それは、シヨウの」
素早くベリルを向くと、彼はすでにこちらを向いていた。あらかじめわかっていないとあの余裕はない。
「わかってる。わかっているよ。シヨウが言っていないなら言わない」
傍まで来て面白く覗き込む。
「また、難しい本読むようになって」
内容はもうさっぱり入らない。
そうだ。彼は死んだ。
死んだ。
もういない。
考えないようにしていた、途中で中断した作業。
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン