仏葬花
「お師匠さまに似ている。まだ個がないから、人の見たいように見えるらしい。なんだろう、何か接点があって似ているように見ているのかな。訊けば剣は師匠に貰ったものではないらしいし?」
彼はいつもの通り笑顔だ。
「第一印象の話ね。話しにくいって言ったら頭を突かれて、シヨウと同じく見えるっぽくなりました」
「は? 何をしているの?」
ふいにジイドが真顔になる。
「シヨウ、レヴィが何か言ってる」
白い塊がぼんやりと現れる。やっと処理が追い付いて事態が把握出来た。
「何をしてくれているの!?」
「まあまあ落ち着いて。俺が勝手に」
「ノス・フォールンは黙っていてください」
「えぁ・・・」
「シヨウ。あいつが、近くに来ている」
迷う仕草をし、彼は続けた。
「ヨーギと呼ばれる存在だ。シヨウも会ったことがある・・・裏の林の向こうに住んでいた、黒髪の男。そいつが、今危険だ」
レヴィネクスの何者でもない目が見ている。
「ど・・・」
「どうしてそれがわかる?」
「星が騒いでいる。とにかく、向かってくれ」
やはり処理が追い付かない。声が出ないで迷っていると、目の前に剣が差し出され、思考から抜け出す。
「シヨウ、行かないと」
「行く? なぜ、私が?」
彼はまっすぐ見ている。
「なんでそこで迷うかな」彼は笑って続けた。「だって頼られているのに。それには応えないと」
彼は思い付いたという顔になる。
「では、貸しにしといてやるって自己暗示でもいい。自分には意味のないことでも、他者には価値がある。それに関わる。そうやって、他人の世界と関係を結ぶんだ」
多分、酷い顔をしていたのだろう。
「俺は、行かないよ」
静かに言ってシヨウの手に渡す。
それを、突き返した。
「わかった。行きます。でも、これはいい。まだ持っていて」
返事を待たずシヨウは駆け出す。レヴィネクスが示した先は大きな樹があった。
葉が沢山舞っている。
「レンジェ・ソアレス、何をしているの」
彼は剣を持っている。
追い詰められ、大樹の下に座り込む人影がある。剣の反射でよく見えない。でも、髪が黒い。黒は珍しい。リーンではない。彼はきっと近くに潜んでいる。
「こいつが、お前の言っていた「先生」で間違いないな?」
シヨウはその人物から目が離せない。確認したい。でも。
彼女の動揺とは裏腹に、大樹の下の彼は顔を上げる。土と落ち葉で汚れている。
あちらが何か反応したように見えた。でも視線が合う前に、レンジェの剣が間に入り、阻まれる。
「捕まえたぞ。ヨーギ」
シヨウは戻る。とても体が重い。
「どうだった? 本当にヨーギだった?」
「私にはわからない」
「さっきから本物だと言っているだろう」
「存在するという記録があったとしても見たことはないし、記録自体が虚偽かもしれない。そもそも、死んだ人間の魂が見えるとか後光が差して見えるとか、周りの空気が澄んでいるとか普通有り得ない。魔女の噂とどっこいどっこい」
「来いと言われた。なんか挨拶しておけということみたい」
「へえ。すごいね」
「行かなければならない」
「シヨウにしては珍しく乗り気じゃないね。会いたくはない?」
「会ってはみたい」
けれど、対峙したときの自分の精神状態を想像出来ない。なぜ想像しなければならないのかわからないが、しなくては落ち着かない。そして結局、想像がつかなかった。
場所はシヨウの会社。あの辺りを統括しているもっと大きな支社だ。
「というかなぜあなたもついて来ていいって言われるのだか・・・あいつもあいつだけど。どれだけ仲良くなっているの」
「そんなに仲良くないよ。そう見える? 全然だよ」
ジイドは否定の手を振る。
それでも、今までの彼の言動を思い出し眩しく思う。一体どうして。どうやって。
どうすれば。
どうしようもなく逃げ出したい衝動に駆られる。なんだ、この状況は。
なぜ自分からこんな状況に飛び込まないといけない?
そんな自問自答をした。
そして呼ばれる。離れてはいるが部屋にはもちろん他に人がいる。多分、なんらかの役職名を持っている人達。
普通の応接間の普通の椅子。彼はまだ多少汚れていたが、腰掛ける人間でこうも違う椅子に見える。
「お・・・お久しぶりです」
挨拶の前に確認することを忘れて、慌てる。
「あ、覚えていますか。十年くらい前に、山の麓の田舎の」
「覚えているよ。シヨウ、久しぶりだね。大きくなったは失礼か」
立ち上がり、頭をなでられるが間違いに気付いたようで、軽く手をとって彼は微笑んだ。
「まさか会えるとは思わなかった。気になっていたんだ。本当に懐かしい」
「いえ・・・」
「村のことは聞いたよ。本当、何と言ったらいいか・・・その後は想像しか出来ないけど、大変だったね。今まで頑張ったね」
言葉が出てこないでいるシヨウを置いて、脇で会話が始まった。なぜかこの距離で声を潜めている。
「食事だって。なんか皆で食べるらしい。どこも一緒だね。面倒だけど行ってくるよ。その後また話そう」
そしてまた目の前のひそひそ話が始まる。
「名前?」
彼は考える仕草をした。
「とりあえず、ベリルで」何者も逆らえない笑顔だった。「よろしく」
あの扉の向こうでヨーギとシヨウが会っている。レンジェは迎えに行って、お役御免だった。
外から突然大きな音が聴こえ、窓の側へ行った。
「お、降ってきたな。こんなに強く降る予報じゃなかったぞ」
「空が笑ってるんです」
横のジイドも外を見ている。
「笑ってる? 泣いてるの間違いじゃなくて?」
「それでしか星は表現出来ない、とかなんとか」
彼は室内に向き直る。彼の視線の先にリーンが現れた。
「あれ、ジードさん。こんにちは」
「どうも」
声が一段低くなってように聴こえた。黒ずくめのリーンが楽しそうに言う。
「本当に髪も目も黒いんですね。ジードさんは話しました?」
「いいえ。そんな、恐れ多いし。というか男ばっかでむっさいんですけど」
「それはこちらも同じだ。ま、そんなの社会に出れば普通だ。仕事中にそんなこと考えないがな」
ジイドは先程から応接間をあまり見ない。最初に一瞥したきり。
「ところで、前の話はどうなった?」
「良いところばかり言われるのは詐欺っぽいですけど、そこまで悪いところしか仰らないと、今度はどうしてそんなところに居続けるのか疑問に思います」
「うーん、惰性だ」
「言い切りましたね」
「金稼ぎだ」
「建前でも違うこと言いましょうよ」
「じゃあなんと言って欲しいんだ。今時、やりがいとか己の成長とかないぞ」
「時間潰し。それより大丈夫ですか。こんなことして」
「ああ・・・。いいんじゃないか? 外部からでも仕入れることのできることしか言ってない、一応」口端を上げる。「というわけで考えておいてくれ。俺は担当しないがお前なら大丈夫だろう。男としてはそちらのほうがやりがいあるしな」
シヨウは民家を改装したいつもの小さな支社で、静かにその時を待っていた。
「シヨウ!」
突然外の扉を開け放ち、入ってくる人物がいる。
「何、その驚きは。相変わらず面白いねえ」
「いえ、だって、ヨーギ様がこんな掘立小屋にいらっしゃるなんて」
「あー、その気持ち悪い言葉は要らない。前と同じで良いよ」