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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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「今行けば、あの方に会えますか?」
彼女は迷って、お節介することに決めた。
「単刀直入に申し上げると、あなたは帰ったほうがいい」
彼が何か言う前に言葉で遮る。
「もうすぐ陽も暮れますし」
「決心して今日は参りました。私は他の家の者にも託されました。私一人ではない。今帰ってしまったら、他の家の者の決心も無駄に終わってしまう」
「いいえ? でも、あなたは帰ったほうがいい。そんな感情、さっさと殺してしまって、時間を自分の為に使ったほうがいいですよ」
「結局は・・・自分がすっきりしたいのです。許してもらえなかったけれど、やれることはやった。これを手放さなければ前には進めない気がするのです」
「その人、もう七十くらいのお爺さんなのでしょう。もう忘れているかもしれない。楽観的ですけど、許しているかもしれない。年月と老いはそうさせます。せっかく幸せに暮らしているのに思い出させてはいけない。そうでしょう?」
目線が行ったり来たりし、しばらくして帰って行く。
遠くからジイドが歩いて来るのが見えた。
「どこ行っていたの。一瞬フリークスに連れて行かれたのかと思ったんだけど」
「一瞬だけ?」
「そう」そして付け加える。「大丈夫?」
「何が?」
いつもと変わらない調子で返してくるのでそれ以上はやめる。
「はあ。ちょっとシヨウ、もう夕方近いんだけど。帰るんだよね」
「帰ります」
「これ食べてる時間ないし。あああ・・・」
「さっき、例の、それらしい人に会ったよ」
「えっ どこ? どうした?」
「帰った。説得したらなんとか」
「シヨウが説得? 怪しいなあ。本当に納得してたの? 説得されたように見せかけてどこかに隠れているんでない?」
ジイドの方を向くと彼はもう走り出していた。
結局、道場まで走り切ってしまい、息切れしながら報告する。
「フリークスは見当たりませんでした。でも、気を付けてください。何かあったら呼んでくださいね」
「ほっほ、儂を誰だと思っている。ま、その時は呼ぶよ。駆け付けたときはもう遅いかもしれないが」


暗くなってしまった部屋に、扉を叩く音がする。
彼は立ち上がり、扉を開けた。見知らぬ男が立っている。
「すみません。私は・・・」
彼を見て、息を呑む。
次の言葉を探している男を素早く観察する。この町の者ではない。ほとんど把握している。
「どこの誰だか存じませんが」
「コウゲンさん、ですよね。どうしても謝りたくて、参りました」
「帰ってもらえますかな」
「迷惑なのは重々承知です。でも」
向き直り、姿勢を正し、頭を下げた。
「すみませんでした。本人ではないし、もう起こってしまったことですし、許してもらえるとも思っていません。でも、すみませんでした」
夕方だが、外はまだ多少明るい。
鳥の声も時折聴こえる。
「来なければ良かったものを」
静止し長い時間下げていた頭を男は上げる。
目の前の仮面が、嗤っていた。



支社には電話がある。カンウタが付いていて、後日、給与支払いのとき精算される。
シヨウは記憶を引き出し、その番号に掛ける。
一音、二音、三音。呼び出し音が聞こえる。が、出ない。
五音過ぎたら緊張しなくなる。
十音以降は惰性。
受話器を置き、彼女は思い出す。
「はあ。駄目だなあお前は、昔から本当」
その言葉は、特に内側から飽きるほどに聴こえてくる。でも、さすがに外側から言われると堪えるものがあった。
「他人に相談されるか? されたことがあったか? はあ。そりゃ、お前に相談しても何も得られんからな。時間の無駄だ。助言を与えようなどと高尚なことは考えんで良いからせめて、得られるものがあったと思わせるくらいにはならんか」
シヨウはこのくらい毒のあるほうが好ましく思う。無害な人間は何の影響も及ぼさない。
「師匠は生まれ変わりを信じる?」
「はあ。また変な話を始めおる。ホシのことか。どうせ大きくなったら忘れるし、そんなことせんでも、人間は生きていながら生まれ変われるであろう」
シヨウは耳を疑う。
「子供と一緒に過ごすとそれがよくわかる。最初からの成長を、疑似体験できる。それは生まれ変わりに等しい」
「すごい。それは男性でも感じることなのね。女だけかと思っていた」
「そんな境地に入っているのならさっさと作れよ。意外と面白いぞ」
「子供が子供を作ってどうするんです」
「それでも女性は親になれる」
「そりゃ、私だって産めば育てます」
「お前のそれはどうも、産んでしまった責任で育てます、にしか聞こえない」
「親ばかになれると思うけど」
「自分の絶対の味方だからな。血をすべて抜いても、関係は変わらない」
コウゲンは溜息を吐く。
「お前のそれが酷いと言っている。変わろうと願わざるおえない状況になったことがないのだな。まあ仕方ないといえば仕方ないが。まったく。社会での対応だけはいっぱしに成長しおって、肝心な人間的な部分が酷い。人間と交流しているか? 友達は? 同期とか」
「いないこともないけど・・・」
歯切れの悪いシヨウに何かを察したのか、コウゲンは師匠らしく付け加えた。
「ちゃんと人間関係を作っておけ。精神的な支えになる、とかいうものではなくて、他人と交流することによって己を成長させろと言っているのだ。一人での立ち振る舞いはもう充分身に着いただろう。手紙ではなく、会ったほうが良い」
「うーん、でも結婚して、子供がいたり仕事が忙しかったりでなかなか会えないですよ」
「近くには誰も?」
「いないことも、ないですけど・・・」
会社を辞めてしまった元同期が二人、結構近くに住んでいる。こちらから連絡すれば反応してくれる。懐かしい話に盛り上がる。けれど何回かやりとりしてそれで終わり。会える気がしなかった。
「他には?」
「元同期で、会えない距離ではないけど、すごく遠いですよ。遊びたいねえとやりとりしますけど、看護職の勉強をしていて忙しいですし」
「それで良いではないか。距離は関係ない。会いたいか、会いたくないか。そちらではないか?」


いつもの支社だった。その日は休みで特に用事もなかった。
「呼び出して悪かったな」
「いえ。先日の、前世の記憶の少年の報告はしましたけど」
シヨウの反応を受けて、目の前の二人は見合わせる。
「ほら、やっぱり覚えてないだろ」
レンジェがそう言うと黒ずくめの方が笑った。こちらはリーンという名前。いつもの笑顔と少し違うように見えたのは苦笑だったのかもしれない。
「というわけで奢れよ。さて話というのはだな」
「その前に、あなたの話をしておかなくてはいけないと思いますけど?」
「はあ、もうどうでもいいし」
リーンが一際良い笑顔をすると、レンジェは説明を渋々始めた。
「もう覚えていないだろうけど、俺もあの村出身だ。あの、山の麓の村。フリークスに喰われた村」
彼は喋りながら歩き出す。ゆっくり。
「遠くの大きな街に続く長い長い道。山から降りてくるその道に沿って出来た村だったな」
思い当たり、何かが背中を這い上がる。奇妙な動機がしている。
「無理もない。何歳だったっけな、とにかく、引っ越したからな。ちなみに親の都合だ、要らない先入観を付けられても困る」
シヨウの反応を、目を細めて見て続ける。
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン