仏葬花
「さすがシヨウのお師匠さまって感じだけど、いいんでない? 詳しく知らないからなんとも言えないけど。それでお互い気が済むのなら」
「変なことを訊くけど、ジードは生き続ける理由はある?」
「あんまり・・・考えたこともないけど」
「そう。普通はね。死んでいないこの状態を維持したい、すら考えない」
話す順番を考える。この頃は具体的に考えないと考えられなくなっている。
「私も、聞いた話だからよくはわからない」さりげなく周りを確認する。「師匠にはお姉さんがいたらしいのね。彼女は望まない妊娠をして、子供を産んだのだけど色々・・・結局、亡くなったそうよ。そしてその子供を育てたのが師匠で、出来たのがここらへん、アオの村って呼ばれる所。結構親戚だらけみたい。外部から人を迎え入れては結構大きくなったらしい」
「それの何がいけない? そう訊くってことは、嫌な予感しかしないんですけど」
「いいね」シヨウは満足する。「師匠は、絶対に許さない。もうそれで生き続けているといってもいい。昔経験したとんでもない理不尽な感情を維持出来る人は少ない。歳をとってからは特に。それに向ける体力や時間を考えると、自分を折ったほうが早い。でも、人間は恐らく精神的にフリークスになれる。ノスフェラトゥは維持し続けることが出来る」
一息ついてまた続ける。ジイドは聞いている。
「私には到底無理。師匠のお面の下なんて見なくてもわかるけど、あれは若すぎる。あれが本物」
数軒先の道場を思い出す。敷地の裏に畑があった。野菜が植わっている。
「師匠は絶対に許さない。その人をきっと消す」
「じゃあ」ジイドが動こうとする。シヨウは動かない。
「私が興味があるのは」ジイドがゆっくりこちらを向く。「未練が無くなったら、維持し続けるものがなくなったら、ノスフェラトゥはどうなるか」
野菜の種類は色々あって、一年目という畑ではなかった。
「でも私はね、ジード。止めたいと思ってる」
彼の顔の変化を、見なくてもわかった。
早足で歩きだしたシヨウに彼が横に追い付く。
「あ、すごい。珍しく意見が一致したね。初めてじゃない?」
「凄いは余計です。だから言いたくなかった。でも、今のは私の勝手な考えであって、本当のところは知らない。訊くのはもちろん無駄だし、今動いているのもきっと無駄に終わる」
道場に戻ると敷地の入り口に人がいる。嫌な予感がしたが、シヨウの想像とは違った。
「フリークスが?」
「最近はこの辺りにも出てきているぞ」
「見てきます」
「俺も行く」
「あなたは来なくていい。どうせこちらの要らない苦労が増える」
仮面の下から発せられた短く笑う声を、聞こえないふりをして敷地外に出た。それでもついてくる。
「ではこれを持ってて。護身用」
「え、でも」
目の前に差し出された鞘ごとの剣を見て、それでも触れない。
「何も持っていないよりはましでしょう」
「シヨウが危なくない? これを渡したら何も」
「まだこちらがあるから大丈夫」
明らかに中途半端な長さの剣。二本一対の剣の片方だけ。けれど、こちらを他人に貸すことは絶対に有り得ない。
「それに、これってあの」声が若干小さくなる。「魔剣でしょ」
「は?」
もう一度彼を見る。どうやら聞き間違いではないようだった。
「魔剣?」
「だって皆言ってたし」
「私が、魔剣とかいう大層なものを持っているとでも?」
「光が見えた」
「光。光が、見えたの?」
「さっきもそれと話してたよね?」
他人にはそう見えるのか、と面白く思う。
「レヴィネクス」
光の塊だと言われた彼は現れる。シヨウには、人間の形に見えている。
髪が白に近いせいか、淡く光を放っているようにも見える。
「彼は何者でもない。私は勝手に、まだ人間に生まれたことがない魂だと思っている」
彼は、他に存在を明かされてもいつもと変わりなく佇んでいる。
「どう? 唐突でしょ」
ジイドにどんな感情が湧いているのか、見た目ではわからない。
「うん。シヨウが到底言いそうにもない。でもだからこそ本当か。本物は、信じる人も信じない人の前にも現れる」
シヨウは満足する。この頭脳に出会えたことを感謝する。
町の北側へ向かう。神社へ続く並木道。樹が多いので既に暗い。この樹の花は白に近いので、咲く時期は夜に映えるだろう。そんな想像をするが人間もいなければフリークスもいなかった。
「陽が暮れる。もう戻ったほうがいいよ」
「ほら、ついてきて無駄だったでしょう」
「そんなことないよ。普段はこんなに静かなんだね」
さすが都会の人間は違う、と関心する。こんな北の田舎まで行動範囲に含まれるのは、シヨウにはちょっと想像出来ない。
「あ、なんか出来るみたいだね」
掲示されている工事要項を、ジイドはさらっと見て通り過ぎた。大きな建物が出来るようだった。周辺をよく見ると普通の民家の門や玄関先にのぼりがある。建設反対の内容だ。
「やっても無駄でしょう。それで工事が中止になった事例を聞いたことがない」
「結果的に無駄だったとしても、こんな考えを持っている者もいる、ということを世間へ知らしめなければならない。というより、何もやらないのは完全に可能性を放棄している。世間に知らせたことによって、もしかしたら何か変わるのではないか・・・もほんの少しだけ期待している行為だと思う。想像だけど」
「想像ですか」
「うん。想像です」
その周辺を通り過ぎて、比較的広い道に出る。二人は横に並んだ。
「ジードはヨーギって信じる?」
「精霊の次は伝説の生き物の話? 信じるというか・・・実際、二百年前に存在した記録が残っているわけだし。なんでいきなりそんな話?」
どこから説明したものか考えていたがジードは続ける。
「大体、彼らは星が生み出した傑作の生き物なだけであって、実際には我々、その他には何の影響もない。飽かない精神かつ完全記憶に近い頭脳の場合が多い。つまり普通の人間とそれほど変わりない。確認されるのは毎回色々な人種、性別も生まれも様々。というか被らなすぎる。繰り返しの実験で、人間の可能性をあれこれ見ているような気もする。ノス・フォールンのヨーギもいたかもしれない。レヴィに似ているかと思ったけどちょっと違うか。最近趣味で調べただけなんだけどね」
シヨウの顔を覗き込んで言う。
「このままじゃ次は幽霊か神の存在を訊かれかねないなー」
「それはないけど。うーん。最近この近辺に来たって聞いた」
「へえ・・・それはそれは、光栄なことだね」
「そういうのってどこで調べているの?」
「学校の図書館。あそこは一般の人でも結構普通に出入り出来るよ」
道場の近くまで来て、抱いていた疑問を口にする。
「さっきの話だけど。年の節目とか、そんな繁盛期にあそこに行ったことがあるの? すごい人でしょ、どうしてそんな・・・」
振り向くと誰もいなかった。
「ジード?」
引き返す。角を曲がる。けれど彼の姿は見えない。そこまで複雑でもない道なので道場へ戻る選択をする。
道場へ続く道に男がいる。観察するに、道場へ用事があるように見えた。
そして、明らかにこの町の人間でないとわかる。彼は。
「どちら様? 何か、ご用ですか」
「僕は・・・。あの、あちらの家の方ですか」
「違いますけど、知っています」