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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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続けているから伝統なのか、伝統だから続けているのか。
昔から続く数々の伝統がありすぎて、未来を生きる若者は荷物が多い。抱えるものが多すぎて、自分達は何一つ新しいものを生み出せない気がする。
魔女は総じて寿命が長い。この村ももう人が減ってきている。昔にあったよっぽどな圧制でない限り、どこで生きても自分は自分。それでいいと思うのに、維持することに固執するのはなぜだろう。拘るのはなぜだろう。
テントへ戻り舞台に立つ。
リアは完璧に踊った。祭りも魔女もどうでもいい。けれど、自分は魔女だ。
光を生み出す魔女だ。
ノス・フォールンとは生きる長さが違う。魔女以外、一緒に生きることができない。



シヨウは部屋を出た。仕掛けを避けて実験室に入る。赤い液体の入った瓶や袋の中身を床に落とす。床は赤く染まる。
その部屋の窓は開きそうになかった。奥の扉を開ける。そこは倉庫に使われているようだった。その窓を開けて外に出た。家の回りの地面の草は刈られていたが離れるにしたがって手付かずになっていた。その先の、高い位置に林が広がっている。もう暗い。
「どこ?」
あたりを見回す。家の中にシヨウの剣は無かった。
上の林の手前に目印が。
彼女は微笑む。急に体が軽くなる。早足でそこまで登った。
剣が二本、捨てられていた。
「大丈夫だった? ありがとう・・・良かった・・・」
草の間から剣を拾い上げる。腰の革のベルトに差した。
「やっぱり。剣じゃなくてあなたが魔のようね」
振り返ると建物の影から、女性が出て来た。髪は長く、結っていない。肩は素肌、二の腕まで届く長い手袋、体のラインに沿った服。長めのスカートには切り込みが入っていて、前後左右四枚の布を垂らしているように見えるデザイン。そこから足が覗いている。ブーツが光を反射していた。理想的な目の位置、形のいい唇、綺麗な顎のライン、若い顔に不釣合いの大きさの胸。今時の若者といった女性だった。
「逃げちゃあ困るのよ」
女がスカートの切れ間に手を入れた。引き出したときには指の間に細い棒が光っていた。一本ではなく二本はある。両手を交差させてシヨウに放った。五本までは軌道が見えたが薄暗いせいで正確な数はわからない。すり鉢のような地形の底にこの家はある。シヨウはその斜面を家の正面へと向かって走った。草のせいで走りにくい。林に入れば剣は抜けない。もっと暗くなれば身動きすらとれなくなる。
すり鉢の上へ続く道が家の正面から伸びている。直線では急勾配になってしまうせいか、ゆっくりカーブしている。その道を男が走っていた。
女が下から短剣を投げる。シヨウは躊躇なくその中へ飛びこむ。女めがけて飛んだ。短剣と短剣の間をくぐり抜ける。精度は低い。掠るくらいは気にしない。
女は避けて、シヨウは地面を転がる。転がりながら女の背後へ回って髪を掴んだ。長いのですぐ掴まえることができた。手入れの行き届いた柔らかい髪だった。髪を引っ張り、足で女のヒールを払った。高めのヒールだったので転ばせてみたかったのだ。横に崩れていく女を、髪の毛と足で蹴って制御する。
女のスカートの裾を掴む。こちらも捉えやすかった。靴の裏で背中を押さえる。裾を足の付け根が見えるまで一気にめくった。
女が羞恥で呻く。何か悪罵を吐いている。
見られて恥ずかしいと思う箇所、というより急所、肩や太ももといった部分を晒す、なぜそんなことが出来るのかシヨウにはわからない。この女が本気で自分の命を奪いにきていたら、シヨウは間違いなく真っ先にそこを狙っていた。そういう世界だ。肩の腱を切り、太ももの神経を切り、血管を切る。そんなシミュレーションをした。
うつ伏せになっている女は地面に掌をつき、一気に上体を起こす。地面との間にわずかに空間ができる。上体を器用に捻り、シヨウの足をつかもうと手を伸ばした。しかし手は空を掴んだだけ。シヨウは女の背中に全体重をかける。女の耳の横の地面に短剣を突き立てる。刃は彼女のほうを向いている。
「おい、やめろ」
坂道を下りてきた男の声。しかし、二人の手前で止まりこちらまで来ない。シヨウは無言で背中からどく。女の目には涙が溜まっている。口を硬く結び、スカートを直しながら起き上がった。すかさず手を揚げた。
頬というより耳に近い部分に平手打ち。鈍い音だった。シヨウには音よりも衝撃のほうが速く伝わったのでわからない。そのせいか耳鳴りがする。頭がぼおっとして、何秒か目の前が認識できなかった。
「おいおい! ちょっとやめろ」
男がようやく近づいて言った。
「もういい。終わりだ」
「終わりって・・・何言ってるの」
女も駆け寄る。男とシヨウと、交互に見ている。女は男の腕を叩く。何事かと、小声で話している。
シヨウは首が叩かれたままの位置で止まって、そのまま動いていない。
「誰と間違えたのかしら?」
ゆっくり首を向ける。
「ロエを使える魔女・・・私が、そう見えるの?」
笑わずにはいられない。
「あなたは馬鹿か何かなの? 見分ける能力がとことん無いようね、この頃の若者は。いや、それは違うか・・・」
これ以上は失言しか出てこないのがわかったので打ち切った。
「面白い発想だけど」
突然、笑いが止まる。笑っていたようだ。
頭を傾けて微笑む。
「でも彼女、もう死んでいたわよ?」
男の顔が目に見えて変わる。見開かれる眼。それをじっと観察する。男がシヨウの肩にぶつかる。倒れるように走った。女も後を追った。
遅れて、物が落ちる音と悲鳴。
動くという機能を思い出したかのように歩き始めた。すり鉢の上へ直線で登る。
急勾配というほどの角度ではないが草が邪魔で歩きづらい。斜面をゆっくり登る。自分の踏み出す足を見ながら歩いた。ゆっくりゆっくり。
もう次には地面に出ると思っているのにまだ草。次も草。見上げればどこまで登ったのかわかるのに、見ない。息が切れる。
頭が痛い。頭脳に痛覚はあったか?
どこまで計画通りに割れたか確かめたかった。二度と元に戻らない物ばかり選んだ。損害はごく小規模だ。本当は部屋の全てを壊したかった。しかし逆に反感を買ってしまう。
反感なんていくらでも買ってやると思っている。そしてそれを返り討ちにしようといつも考えている。それで死んでも構わない。
むしろ誰かそうしてほしい、とも思っているのに。
それはまだ成就していない。
「なぜ、ここに?」
「シヨウの心が見えたから」
なんでもないことのように言う。言われて思い出す。心の一部は、たしかに感情のままに悪罵を爆発させていた。でも表面上は、いつもの彼女が担当している。
何かを言わないといけない気がしたが、うまく出てこない。饒舌な彼が黙っているのに気が付き顔を上げたら、もうこちらを見ていなかった。すり鉢の底を、見ていた。何の感情も読み取ることが出来なかったことに逆に疑問を感じて、視線の先を確かめる。
さきほどの男女が乱れて走って外に出てきた。その先に誰かがいた。体型からあのノス・フォールンの女性だと気が付く。
ジイドがそちらへ向かう。
「ちょっと」
思ったより大きな声が出て驚く。
「ごめん、ちょっと、行ってくるよ」
「待って」
歩みは止まらない。
「ちょっとだけだから」
届かない。
「ジード!」
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン