無能の中にも、一人くらい有能がいるはずだ
勝てるはずも無い眠気。
嫌な過去がなぜか、どんどんと頭から流れ出てくる感じ。
思い出そうにも、出てこない夢。
俺はどんな夢を見ただろうか。
と、思いつめていると目の前に、人影が一つ。
「ねぇ」
小さく、細い声で、話しかけてくる。
「こんなところで、何をしれーっとしているのですか」
声は、高い方で、簡単に言うと、美声。
この微妙に腹立つ、丁寧語を話す奴を知っている。
たぶん、誰よりも。
「やぁ、やっちん。お前こそなぜここに来たのかなぁ」
この学校で始めて使う口調。
「さっき、誰かに追いかけられていたから、何かあったのか、と思いまして」
「あぁ、あれね。よくわからないけど、逆上しているみたいだよ」
話を一旦句切って、こちらから質問する。
「そっちは、上手くやってんの? 厄宮、涼華さんっ」
少し、嫌味を言うように言葉を発する。
「嫌な名前で呼んでくれますね。感傷的にはなりませんが」
「で、どうなの?」
やっちんの言葉はスルーで、再度質問する。
厄宮だから、やっちんだ。
「前の学校の方よりは、積極的に話しかけてくれるので、一生徒としては過ごしやすいです」
答えた後、同じ質問を返される。
「こっちは、微妙だねぇ。いきなり絡まれるし、たいした事は無かったかなぁ」
「お隣、よろしいでしょうか」
こっちの話は、聞いているのかどうなのか、平坦な調子で、話を進める。
「かまへんよ」
適当に答える。
厄宮涼華。
この学校に転校してきたもう一人の高校二年生。
これとは、かなりの付き合いだ。
しかし、出会い、と言うのは無かった。
いつの間にか、俺の近くにいて・・・・・・。
どうも曖昧な感じになってしまう。
最大の設定として、これは人間ではない。
だったら何か?
と、問われても答えられそうにも無い。
人間ではない何かで、人間の形をした何か、なのだ。
キャラとしては、失格。
これは、俺無しでは存在し続けることはできないし、俺もこれにいろいろ頼らせてもらっている。
これいわく、俺から生存するために何かを奪い続けているらしい。
つまり、寄生虫のようなものだ。
運動能力は並みの人間の数倍。
そして、これは死なない。
補足説明として、物理的ダメージでは。
これは、小さいときから俺の風景の中にあって、いつだったか、生命体として、俺に付きまとうようになった。
遠くに見える山と同じだった。
はじめは。
何かの拍子にといわれると、そうでもないような気がする。
いつの間にか、だ。それでいい。
厄宮涼華というのは、俺がつけた名前だ。
説明すれば、黒と白のギャップである。
厄、宮と言うのは、暗い色を表し涼、華は明るい色を表している。
まあ、テキトーに付けただけなのだが。
それっぽいかな、って。
これの存在意義も、存在するための源も、そもそも存在自体が、俺なのだ。
これは俺の全てを知っていて、俺の全てなのだ。
言いたくはないが、二人で一人みたいな。
てか、言っていることが、意味不明?
まあ、別にわかって貰おうとなんか、思ってもいない。
てか、伝えることは不可能だ、俺では。
これの容姿は、初めてこれを見たときからほぼ変化はない。
小学校六年生くらい体系で黒髪のロンゲ。
散髪しているところも見たことが無い。
精密にできた動く人形のような、人間離れした何かを持っている。
気持ち悪い、怖いとも言うだろう。
しかし。
それ故に。
それにすがってしまう自分があるのもまた、事実である。
お互いにお互いを依存している。
「何を怖い顔をしているのですか?」
俯いていた俺の顔を覗き込むようにして、やっちんは尋ねる。
「いやあ、別に、たいした事じゃぁないよ」
軽薄に、笑ってごまかす。
軽薄に、心を悟られないように。
「やっちんはさぁ、ずっと俺のそばにいてくれるのか?」
どうしてこんなことを訊くのだろうか。
やっぱり、すがってしまう弱い気持ちがあるからなのだろう。
質問の答えは、いつもと同じだった。
「とりあえずは、一緒に居させて貰います」
とりあえずは。
この言葉にはどんな意味があるのだろうか?
しかし、それ以上は訊くことはできない。
やっぱり、怖いから。
怖いのに、一緒に居てほしい。
気持ち悪いけど、手放せない。
そんな矛盾している気持ちが、俺を弱くする。
そしていつかは・・・・・・。
「そっかぁ、まあ別にいいけど、気が向くまではいてもかまへんで」
合っているかもわからない関西弁を口にする。
できるだけ、軽い気持ちでいたいからだ。
人生は、深く考えない方が楽しくて、面白い。
俺のモットーだ。
知らなくていいことは、できるだけ、できるだけ知りたくない。
「ありがとうございます」
どこまでも心が入っていない声で、そう感謝の意を表される。
「いいさ、別に」
食べ終えた弁当の蓋を閉じて、布で包む。
「んじゃあ、食べ終わったから行くわ」
その場で、腰を伸ばしながらそう告げる。
「はい」
「それと、あまり学校で羽目はずすなよ。俺のこと追っていた奴らシメたんだろ? あまり目立ったことしなくていいから」
表情の変化はなかったが、少し驚いたように見受けられる。
「わかっていたのですか」
「タイミング的になんとなく、な。それに校舎に奴らが一人もいないのは不自然だろ」
考えていたことを述べる。
「まあ、いいや」
一回屈伸して、
「んじゃあ、ま、た、な」
やっちんの頭を撫でてから、その場をさる。
見た目は少女の厄宮にとっての食事とは、朝昼晩ご飯をたらふく食べる、と言うのもではない。
常に、パワー奪い続けなければ消えてしまう状態、つまり、限りなく不安定なのだ。
俺の死がダイレクトでやっちんの死。
俺のダメージがダイレクトでやっちんの駄ダメージになる。
そんな、一方通行の関係。
やっちんにとっての俺は、飯をくれるご主人様である。
それは、俺とやっちん、二者の同意に基づくもの、らしい。
俺が拒否すれば、それで御仕舞い。
そんな不十分な関係でもあるのだ。
不十分で、理不尽で、不完全な関係。
それ故に生じる、従士関係。
俺が言っては駄目なのだろうけど、すごく損な立場だよな、やっちん。
寮に戻る。
と言っても、寮に行くのは初めてなわけだが。
春休み中は、職員の空き部屋を使っていた。
どうにも部屋が空いていないらしい。
だから、初の寮デビューだ。
少し楽しみでもある。
鍵穴に鍵を刺して半回転。
ドアノブに手を掛けて、ドアを開ける・・・
「空かない・・・・・・」
あれ、どうしたのだろうか。
意味がわからないまま、もう一度挑戦。
がたがた、と言う音を出して、一向に開く気配が無い。
そうしていると、中から鍵が開く。
ルームメイトが開けてくれたのか。
「ありがとう」
自然に出てきたその言葉と一緒に、ドアを開ける。
「こんにちは。約二十分ぶりですね陽雅」
どこかで聞いたことのある声。
ドアを開けて確認する・・・確認するまでもないか。
思ったとおり、と言うか、恐れていた通り、目の前には、それがいた。
「やぁ、やっちん。奇遇だねぇ、俺もこの部屋なんだよ」
「それは、本当に奇遇ですね。私も、です」
やや失笑。
「ねぇ、こういう部屋決めているのって、総一郎だよね」
訊いている訳ではない。
作品名:無能の中にも、一人くらい有能がいるはずだ 作家名:厄宮 殺那