無能の中にも、一人くらい有能がいるはずだ
確認しているのだ。
「おそらく、そうだと思います」
「宮刑」
少し、駄洒落で言ってみた。
「あいつには、もう不必要な器官だから、いいよね」
宮刑とは、古代中国にある死刑の次に重い刑で、男なら生殖機能を奪う刑らしい。
厄宮の宮はその宮、だ。
校長室へ直行。
「おぉ、陽雅、今は誰もいないからオッケーだぞ」
「今は、そんなのどうでもいい」
「開口一番に怖いなぁ。じゃあ、何で来たのさ? あまり関わりたくないとか言っていたじゃないか」
何をとぼけていやがる。
「校長先生に折り入って、お願いしたいことがありまして」
「学校のことなら、一万。クラスのことなら、五万。寮のことなら、三十万だ」
絶対、解かっているな・・・こいつ。
「総一郎の命は、何円に値する?」
「五百円」
「なら、総一郎の命と、二十九万九千五百円でお願いしたいことがあるのですが」
いちいち動じないように心がける。
「俺の命取れるのか?」
「取るさ、特に総一郎の生殖器を」
「何を言っているのだ?」
答える必要は無い。
二人が黙り込み沈黙が訪れる。
臨戦態勢と言うのだろうか。
最初にその沈黙を破ったのは総一郎だった。
「悪かったとは思っているよ。あれだろ、陽雅の可愛い子ちゃんと部屋同じにしたことだろ? まあ、でも今までも一緒に居たのだから、問題ないかな、ってね」
いきなり弁明かよ。
それに、
「普通に考えて、問題ない訳ないだろ」
「無いことを無いで否定するのって、意外とおかしいとは思わないか? 陽雅」
「話を逸らすな」
「ごめんちゃい」
自分の怒りが、こみ上げてくるのを感じる。
大きく深呼吸。
またも静寂。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
そうして、またも静寂を破ったのは、総一郎だった。
「だって、部屋が空いていないのだよ、うん。解かってくれ、陽雅」
「だからって、俺は男で、あれは女だぞ」
「だから、その理由はさっき言わなかった?」
「理由になってない」
そういった瞬間。
総一郎の後ろに小さな人影。
一瞬の間に総一郎は、両手は封じられて、喉下にナイフを突きつけられている。
「あぁ、陽雅の可愛い子ちゃんは、過激だねぇ」
やや裏返っている声で、挑発するように言う。
声が裏返っちゃ、命乞いをしているようにしか見えないが。
「やっちん、殺しちゃあ駄目だろう」
「陽雅から、怒りが伝わって来ましたし、先ほど宮刑にする、と申していたので、じゃあもうこのクズ一郎様は殺してもいいかな、と思いまして」
「あぁ、だから生殖器なのか、陽雅はゲイなのかと心配したじゃないか」
あからさまに話を逸らそうとしているのが、解かる。
てか、そんなどうでもいい知識まで知っているのか。
「どうでもいい、てか、総一郎の心配なんか、いらない」
「あれだろ? 古代中国の刑罰で、男子は生殖器を去り、女子は幽閉もしくは筋を剥いだという、五刑の一つで・・・・・・」
俺の言葉は無視で、饒舌に語り始める。
「別名、宮、腐刑、宮割、淫系、とも言うな。で、この淫と言うのは、男女のみだらな関係を表す語で、淫と殷が掛かっ・・・・・・」
淫と殷が掛かっているって、言葉じゃ解かる訳ないし。
解かってしまう俺も、大概おかしいかも知れないのだが。
・・・自分の血管が浮き出ているのを確認する。
「本気で、死にたいの・・・・・・?」
「だから、冗談だっ」
ドアを叩く音がした。
と、同時に、二人の話し合いは緊急閉鎖。
やっちんは、そこにいなかったかのように風とともに消えた。
足音を出さないようにクローゼットの中に潜り込む。
「失礼します」
女性の声がして、ドアの開く音が部屋に響き渡る。
「やあ、琴美じゃあないか」
琴美っ!?
口には出さずに心の中で叫ぶ。
「やあ、琴美、じゃなわよ」
「学校はしっかりやっているのか?」
一端のお父さんらしい言葉が、総一郎の口から発せられる。
「違う違う違う。そうじゃなくて、校長先生に折り入って、お尋ねしたいことがありまして」
聞いているだけだが、怒りがこめられているようにも聞こえる。
「寮のことなら一万円、学校のことなら五万円、クラスのことなら三十万だ」
娘からも、金巻き上げるのか!!
またも、心の叫び。
「はい、三十万」
「わお」
提案者の総一郎自身が驚いているようだ。
「今日、クラスに宮本ヨウガ、って言う男子生徒が転入して来たわ。話によると校長の推薦らしいじゃない」
作品名:無能の中にも、一人くらい有能がいるはずだ 作家名:厄宮 殺那