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ベトンの棺

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ベトンの棺


おお、おおよくきたよくきた。



みかん食べるか?おーいばぁさん、この前もらったあれ、あったろう。出してやれ。うんまくてほっぺたが落っこちるぞ。



寒かったろう。今ストーブもつけるから。ほら、コタツにも入れ。



ん?なに?学校の宿題?



戦争?



…そうか。今の子は戦争を知らんのか。幸せな時代だな。勉強する事は、大事なことだ。



みんな、座りなさい。



学校でどんなことを習ったんだ?



習う前?あぁそうか。だから聞きに来てるんだもんな。じいちゃんが悪かった。



じゃあ、戦争って、どういうことだと思う?



怖いこと、そうだ。



そうだなぁ、怖いことだな。



人を殺せば犯罪者なのに、戦争では人をたくさん殺すほど褒められて勲章がもらえた。全く、馬鹿げた話だ。



60年前、この日本も戦争をしていたんだ。



嘘じゃない。日本だけじゃなくて、中国もアメリカもフランスも、韓国もドイツも、皆戦争していた。今家があるここにも、アメリカの飛行機が飛んできて、爆弾が沢山落ちたんだ。沢山沢山落ちて、家もなにもかもなくなってしまった。じいちゃんの家族も、ばぁさんの家族も死んだ。その話は、ばぁさんに聞け。



じいちゃんは、別の話をしてやろう。



戦争と言うものは、全く惨いものだ。この世の地獄だ。もう二度と、したくないし、誰にも、もう絶対にあんな思いをさせたくはない。



ん?なんで日本はそんな戦争をしちゃったのか?



儂(わし)にも、それはわからん。



何故、人が戦争をするのか。人間同士で殺し合うのか、命より大事なものはないと言うのに、それがわからんやつがいる。他人の痛みをわからんやつがいる。だから戦争なんて言うもんが起こるんだろう。



でもな、人間生きてると嫌なことや、違うと思うことも山ほどあるけれど、おまえたち、絶対に自分が正しいと思ったことをするんだ。いくら他人と違う意見を言って、殴られて、蹴られて、体中が痣だらけになっても、心だけは汚すな。心だけは譲るな。



自分に恥じる行いだけは、絶対にするな。



それがおまえたちの誇りになるから。



よし。いいぞ。じいちゃんの誇りはおまえたちだ。



昔なぁ。じいちゃんが若かったころだ。日本が戦争をする事になった。



日本は海に囲まれているだろう。地球儀で見るとあるかないかの小さな島だ。アメリカやロシア、中国と比べものにもならないくらい、小さい国だ。



だから、他の国と戦争する時は、絶対に食べ物や武器なんかも足りなくなってくるから、じいちゃんもばぁさんも、小さな子供も大人もあかちゃんも、みんな協力して一致団結して頑張りましょうという事になった。



実際な、食べ物なんて満足に食えなかった。配給制と言って、国から、あなたのとこの家族は5人だから2日でこれだけ、と貰えるんだ。それもだんだん少なくなってきて、ここらは田舎だからまだいいが都心じゃ酷かったと聞いている。食べ物も着るものも、みんな配給制になっていった。



米に水をたんと吸わせて、嵩(かさ)を増すために芋やなんかと一緒に炊き上げる。炊きあげると言うより、もうお粥だな。独特のにおいがある水のような玄米にはうんざりで、白くてピカピカの米が食いたかったよ。皆がいつも腹をすかせて、食べれるものを山でとってきては齧っていた。



母親の努力はすごいもんで、我が子にできるだけ量があるものを、と毎日毎日頭を捻って考えてくれていた。



そんな中、儂にも赤紙が届いた。赤紙と言うのは、「おめでとうございます。兵隊に選ばれましたよ」ということだ。



その時はな、皆が戦争に協力するということだったから、兵隊に選ばれたのは「おめでとう」なんだ。嫌でもおめでとうと言わなきゃならん。嫌がると「貴様、非国民だな!」と家族は村八分(むらはちぶ)にされる。まわりじゅうからいじめられるということだ。これは辛いぞ。物のない時代だ。足りない物は近所で補い合って生活していたから。食べるものも貰えなくなる。



自分の息子が日本を守るために戦争に行って死んだのに、隣の家の息子が赤紙が来たのに行かないでのらりくらりとしていたら、それは良い気がしないだろう?そういうことだ。みんな顔は笑って心で泣いた。



儂も、兵隊として戦地に旅立つことになった。



故郷を離れる電車の窓から見える白と赤の旗、旗、旗…。みんなが日章旗(にっしょうき)を振っていた。日本の国旗だ。それは今でもはっきり思い出せる。



今そこの台所にいるうちのばぁさんもその時来ていてな。気丈にも、悲しい顔一つみせなかった。儂らも赤紙が来て慌てて結婚したクチだったから、新婚だった。でも戦争は新婚だからって見逃しちゃあくれん。



千人針というものも貰った。家族が戦争に行くことになると、女の人が一人一回ずつ、木綿に赤い糸で針を刺し縫って行く。それを千人分集めると、弾丸(たま)よけになると言うことだった。婦人は街頭に立って、道行く人にお願いして、ひとりひとさし千人分、無事帰ってくるようにとの願いを込めながら縫って貰ったものだ。並大抵のことではない。本当にありがたい。



儂は船に揺られながら満洲(まんしゅう)へ渡った。今で言う北朝鮮の上あたりにあった国だ。



そこで、背嚢(はいのう)を背負い、銃を持たされ、戦った。



正直にいえばな、じいちゃんはあの時のことはあまり思い出したくない。



思い出したくない位、悲しい世界だった。



戦うってことは、勝ち負けを決めなきゃいかんと言うことだ。じゃあ何で勝ち負けを決めるか。



死体の数だ。



まいったと言わせるまで、相手をたくさん殺した方が勝ちなんだ。



戦争は、そういうことだ。綺麗なものなんてなんもない。



じいちゃんも、ひとを殺した。



嘘は言わん。じいちゃんも沢山殺した。じいちゃんが生きてるってことは、そのぶん生きられなかった人間がいるってことなんだ。



おまえたちももう大きくなったから、じいちゃんも正直に言う。誤魔化したりはせん。じいちゃんだけじゃなく、戦争で前線にいった兵隊は、みんな人を殺してる。「殺した」とまわりに、言っているか言っていないかの違いだけなんだ。



兵隊は、殺した人の命を背負って生きていかなきゃならん。死んでいった戦友の命も。



じいちゃんも、その時は鬼だった。



日本を守る、なんて格好いいことを思っていたが、実際に行って思うのは、今自分がここで引いたら、家族もみんな殺されてしまうと言うことだった。


作品名:ベトンの棺 作家名:50まい