アイラブ桐生 第三章 36~38
「まァね、こいつの言うことも一理はある。
運送会社も、荷主も倉庫も、一様にみんな到着の時間を指定をする。
それは当然のことだが、実情に合っていない場合の方が多すぎると、
ほとんどのトラック運転手が感じている。
9時必着といわれても、それはただの倉庫の都合だけで
9時に荷物を積んだトラックが、
そこに到着していればいいというだけの話だ。
わかるか、俺の言っている意味が?
荷物をいつの時間帯で引き取るかを決めるのは、
あくまでも倉庫側の都合だ。
荷物を降ろすまでに、2~3時間の時間待ちは当たり前のことで
ひどい時は、半日も待たされることさえある。
順番待ちで行列中だから、運転席からは離れられない・・
もうそういうことに、俺はなれっこだが、
こいつはまだ若い。」
「群馬から鹿児島までは、1600㌔を越える長距離の旅だ。
会社も荷主も、それを3日間で届けろという。
一日500㌔少し走るとして、平均時速50キロで、
10時間以上も走る計算だぜ。」
いつの間にか、悦子ママも仲間に入っていました。
眠りに落ちた岡部君をのぞいて、3人で座卓を囲んでの
長距離トラック談義が始まりました。
「あっ、その前にこれ。
徳之島産ではないけれど、屋久島でとれたというシカのお刺し身。
ね、南海の離島にもちゃんとこのように、
いのしし」も「シカ」も、「またぎ」もいるでしょう」
はい、今度は日本酒で乾杯しましょうと、
悦子ママが、またまたにっこりと笑い、
かなり大きめのグイ呑みを持ち上げました。
「下の道を、1時間に50キロを走るということは
平均時速でも70~80キロで飛ばせる区間をつくらないと、
結局、辻つまが合わなくなる。
1時間あたりに50キロを進むという計算は、
実は最初から、速度違反で走れという机上の計算ということになる。
安全運転でどこまでも走っていれば、500キロ行くのには、
実際には、15~6時間以上もかかることになるんだぜ」
「そうか、それでトラックたちは、みんな深夜に走るんですね。」
「うん、それもある。
たしかに、深夜になると交通量が落ちるから、距離は稼ぎやすい。
だけど俺たちだって生身だぜ。
眠い時もあれば体調の悪い時もある。
交通事情で足止めをくったり、渋滞にハマる時もある。
そんなときにゃあ、もう後が大変だ。
寝ずに走る時もあるし、自腹で高速を利用することもある。
毎度のことだが、走る先には何が待っているのかわからねぇ・・・
楽な商売じゃぁねェ。」
「そうだよねぇ、世の中、
楽な商売なんかどこにもないもの」
「必死の思いで自腹まできって、やっとの思いで辿りついたのに、
倉庫の連中に、勝手気ままに邪険にされたりすれば、
こいつでなくとも頭に来るさ。
でもまぁ、どんなふうにあがいてみても、結局はそんな仕事なんだ。
俺達、長距離便の運転手なんていう仕事は・・・・」
それだけじゃねぇ、明日は帰り便の荷物の積み込みで
九州各地の3か所を、これまた大急ぎで駆け回ると
白髪の橋本さんが言い始めました。
これがまた大変で、またまた積みこみの順番待ちの繰り返しだと、
橋本さんが、太い溜息をついています。
それどころか、こいつなんか4か所も行くようだからもっと大変だと、
眠りこけている岡部くんを指さして、橋本さんが笑っています。
本土に上陸をした最初の夜は、呑みつぶれてしまった岡部と言う青年と、
本当は人の良い、白髪交じりの角刈りも橋本さん。
実は酒が大変に強い、徳之島出身の悦子ママと言う顔ぶれで、
たっぷり呑みかわした夜になってしまいました・・・・
作品名:アイラブ桐生 第三章 36~38 作家名:落合順平