ひとつぶ
私達は並んで海に向かった。
内海は凪いで、思ったより波の音は小さかった。夜の海はただ黒く、波は打ち寄せる時に白く光ってはすぐに消えた。
私達家族は最初、比較的山寄りのアパートに住んでいたのだが、子供達の成長につれ手狭になったので、海の側に中古の一戸建てを見つけて引っ越した。アウトドアな遊びは何でもこなした父は、当然のようにサーフィンも素潜りも得意で、子供を遊ばせると言うもっともらしい名目をつけていたが、本人が一番、海を利用していたことを覚えている。
兄と私はしばらく黙まり込んだまま、何も見えない夜の海をただ見つめ、寄せる波の音を聞いていた。冷たい春の風が頬を撫でるのも気にしない。
「美和が…泣いたんには驚いた」
先に言葉を発したのは兄だ。
「多感な時に親父がおらんようになって、一等、荒れたんはあいつやし、今回も入院しとった時から一回も会うとらん。通夜も葬式も、手伝いに来た近所の人にしか見えんかったくらい他人行儀な感じやったのに」
「なんだかんだ言っても、美和は親父に可愛がられてたから」
「そうやな。むしろ、聡の方が冷たいて、伯父さん、言うとったぞ。中ん子(なかんこ)が一等キツイってな」
兄はそう言うと、足元の小石を拾い上げ、海に向かって投げた。それから私に「仕事はどうや?」と尋ねる。帰郷してから、私達兄弟はあまり話しを出来ずにいた。初めてまともに口をきいているような気がする。しばらくお互いの近況を話したが、どうしても会話は途中で途切れがちになった。
兄は地元の公立大学を卒業後、隣県で高校教師をしている。今度、教育委員会に移動が決まって、将来、教頭から校長へ至るラインに乗った。私はと言えば関東圏の大学を卒業した後そのまま地元には戻らず、フリーターをしながら物書きの真似事をして、最近ようやっと作家――それも官能小説――と呼ばれるようになった。正反対の性格であるが故に仲は良かったが、だからと言って話題が合うとは限らない。
それに――海は幼い頃の思い出が多すぎる。何も知らない子供だった頃の、父を父として純粋に慕っていた頃の。