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ひとつぶ

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「頂いて、いいん?」
「うちには他にも写真はありますから」
 たまたま傍らにいた叔母は変な顔をしたが、私は構わず彼女に、半ば押し付けるようにして写真を渡す。見る見る涙がその目に溢れて、彼女は深々と頭を下げた。
 復縁した母には妻としての肩書きと、遺族年金と、家と血を分けた子供が遺されたが、彼女には何も遺らない――二年の思い出以外には。その思い出を、彼女はどう消化して行くのだろうか? 
 火葬場へ向かう車列が彼女を追い越して行く。サイド・ミラーから小柄な姿を見送って、私は父の功罪を改めて考える。父は彼女に思い出以外、遺さなかった。『思い出』はこれからの彼女にとって功なのか罪なのか。そして私達にとっても、父との『思い出』は功なのか罪なのか。兄は事務的に葬儀を仕切り、母は妻としての役割を淡々とこなし続けた。妹は黙々と母を手伝い、私はと言えば久しぶりの故郷に居心地が悪くて、ただ言われるがままに動くことしか出来なかった。そこには父への愛情は感じられない。体裁ぶっているだけ。家族としての役割を演じ続けて、早くこの茶番が終わればいいのにと願うだけだった。少なくとも私は――妹もまたそうだと思っていたのに…。
「お父さん…」
 骨を拾う妹の手が止まる。そして搾り出すように「お父さん」を繰り返し、ぽたぽたと大粒の涙が灰の上に落ちた。母は妹の肩を抱き、つられて目頭を押さえ、やはり手を止めてしまった。涙は立ち会った親戚にも伝染する。兄と私は女家族の嗚咽を聞きながら、黙って骨を拾い続けた。
 骨は白い。父の功罪を問うなと言うごとく。無垢に回帰するのだと、無言で訴えかけていた。
 


 その日の内に初七日と精進落としを済ませ、日の暮れる頃には残った親戚も帰って行った。線香の匂いが充満する家の中で、翌日の帰り支度を始めた私は、波の音に気がついた。
 実家は漁村の一角にあって、庭の脇から続く細い道を抜けると、海へはすぐだ。通夜や葬儀で忙しいうちは聞こえなかった波の音は、弔問客も去り、夜本来の静けさを取り戻した家に、その存在を思い出させる。私はコートを羽織ると、音に惹かれて表に出た。
 子供の頃から行き慣れた海への道。磯の香りがきつくなるにつれ、波の音も鮮明になる。その音に混じって、私の後ろからついてくる足音が聞こえた。
 振り返ると兄だった。
「外に出る姿が見えたんでな」
作品名:ひとつぶ 作家名:紙森けい