其は匂ひの紫
店構えに怯んだ利市は、挨拶だけして帰ろうと方針を変えたのだが、陽気な他のホステス達に引きずり込まれ、無理矢理席に座らされた。
「それに話も途中やったし」
利市がそう言うと、多喜は苦笑した。
結局その日は、他のホステスに邪魔をされて、話の続きなど出来る状況ではかった。利市は日を改めることにして、それから二日後の『文箱』が開店している時間を狙って訪ねたのだが、居留守を使われて会えない。次の休みにも足を運んだが、やはり会うことは出来なかった。朝早くから夜遅くまで働いている多喜にとって、『文箱』の営業時間はイコール休息時間であるらしく、その生活サイクルを知ってしまうと、居留守を咎める気にはなれなかった。
そこで利市は確実に会える『ふぁにー・ふぇいす』に、客として赴くことにした。指名客である以上、多喜は利市を無碍に扱えないと考えたのだ。仕事が終わった夜なら、休みの日を待たなくてもいい。利市の職場の乃木工房からだと、一時間半もあれば通える。店に来られては多喜は逃げも隠れも出来ず、利市が居る時間中丸々は無理でも、必ず席につかせることには成功した。時間にして数分のことだが、確実だ。利市は三日と空けずに通った。
「タキちゃんに、えらいご執心やねぇ」
多喜が席にいない間は、別のホステスが利市の相手をする。規模の大きくない店に一ヶ月も通えば、すっかり顔馴染みになった。
「こんなええ男がって、みんな羨ましがっといやすえ。今度、うちもご指名しとくれやす。あんじょうサービスしますさかい」
「ほな、私も。あないに冷とうて薹が立ったタキちゃんなんて、もう見切って、ね?」
芸者風からちいママ風、一頃流行ったボディコンの女子大生に、巷で話題のミニスカートのメイドと、さながら仮装パーティーのような店内は、いつも賑やかだった。多喜はここでもやる気があるのかないのかわからない様子であったが、そこそこ人気はあるらしく、あちこちのテーブルで声がかかる。知り合いと言うこともあって、利市はいつも後回しにされた。
「ほんま、しつこいな。そろそろ辛どうなってんのと違うんか?」
「大丈夫や。ここでしか話、出来へんからな」