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其は匂ひの紫

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「アヤの塾がある日は、定時出勤出来へんの知ってるでしょ? あいつが帰ってきたらすぐ出るから、それまで何とか頑張れんの?」
 多喜の電話の声で、利市の意識は現実に戻った。顔を上げた利市と彼の目が合う。彼の表情が閃いたと言った風なものに変わり、受話器の口を押さえた。
「すぐ帰らなあかん?」
 また毒気を抜かれた…と、利市は思った。


(三)

「よく続くわね。このままやと百日、大丈夫なんやない?」
 グラスに口をつける度に次を注ごうとする手を、利市はやんわりと断った。もともと酒は嗜む程度で、大して強い方ではない。ほぼ毎晩の飲酒は、さすがに体にきつかった。
 利市がここ『ふぁにー・ふぇいす』に通い始めて四ヶ月が経っていた。『ふぁにー・ふぇいす』は嵐山の歓楽街にあるゲイバーで、多喜の夜の仕事場である。
 鳴沢多喜は早朝にスーパーの品だしのパートをし、絢人を学校に送り出してからの午前中はコンビニでバイト、午後から夕方までは自分の店『文箱』を開けて、夜は『ふぁにー・ふぇいす』で働くと言う生活を送っていた。
 利市が三枚の着物の出処を辿り『文箱』を訪れた最初の日、病欠者が出て人手が足りないので、早めに出勤して欲しいと『ふぁにー・ふぇいす』から連絡が入った。多喜は絢人の塾がある日は遅番と決めていて、一旦は断ろうとしていたが、たまたま居合わせた初対面のはずの利市に、
「アヤの迎え、頼まれてくれへんかな」
と半ば有無を言わせない勢いで頼み、仕事に出て行った。利市が引き受けたのは、少しぐらい恩を売って、話の続きをしようとの腹積もりからだ。言われた通りに塾が終わる時間に絢人を迎えに行き――迎えが利市だったので、彼はひどく驚いていた――、多喜が用意した夕食を一緒に食べ、その他の生活行動を見届けた後、渡された名刺の店に向かった。名刺は何かあった時のためのもので、「来い」とは言われていなかったが、昼間の話の続きをしようと出向いたのである。
 行ってみて、少なからず利市は驚いた。名刺から水商売とは知れたが、そこでバーテンか、もしくは皿洗いなどでもしているのかと思っていたら、本人がホステスとして働いていたからだ。ワンピースにウィッグ、多喜はそれなりの装いだった。
「何や、わざわざ来んでも良かったのに。明日、仕事なんと違うんか?」
「な、成り行きで」
作品名:其は匂ひの紫 作家名:紙森けい