其は匂ひの紫
「たかが紫やないか」
すぐには答えられずにいる利市に、多喜が言った。心の中を見透かされた気分だった。
机上の写真に落ちていた視線を、利市は彼に向ける。
「たかが紫?!」
自然、声が大きくなった。
「紫やから紫て言うてる。紫以外の何色に見えるっちゅうんや」
「ただの紫やない! 誰も染められへん、冬川紫なんや」
「ほな、これは何や? その冬川紫やないんか? 誰も染められへんかったはずの紫がここにある。その紫を使こうた着物が出たから、あんたはわざわざ探してここまで来たんやろう?」
「それは…!」
「長いこと放ったらかしやったフミさんの居所探して、ここまで来たんは、この色を冬川紫やて認めたから違うんか?」
「そうや、冬川先生の血を引く文人さんやったら、出せてもおかしないと思て」
二階から軽い足音が下りてくる。大人二人が――利市一人が熱くなっている居間に、肩からカバンをたすき掛けにした絢人が入ってきた。それから並べられた写真を一瞥すると、
「でもそれ作ったん、タキちゃんやで」
指差して言った。
今しも「友禅師ではない人間に何がわかる」と出かかった利市の言葉は、出口を失い飲み込まれた。
「塾、行くんか? 携帯、持ってき」
「もう入れた。話、長なるんやったら、店札、ひっくり返しとくけど?」
「頼むわ」
絢人は利市に向かってぺこりと頭を下げ、店の方から表に出て行った。
彼の出現が、利市の頭を冷やす。と言うよりも思考を停止させてしまった。
写真に目をやり、多喜を見た。
「ほら、たかが紫やろ? 俺でも染められるんやさかい」
片肘をついた彼はにやりと笑った。
「友禅師なのか」と言う利市の問いに、多喜は「前はね」と答えた。件の三枚は二年前に作ったもので、それを最後に友禅からは足を洗ったのだと付け加えた。
文人の作ではなく、まったく乃木とは関係のない人間が作ったものだったことは、利市をひどく驚かせる。