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いちごのショートケーキ 7

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 「フルート、辞めるの?」


 本当は最初から、冬路のフルートを聞いたときから気付いていたと思う。冬路は吹奏楽にも、フルートにすら大して興味を抱いていない。その証拠に冬路のフルートは聞くたびに気持ちのままに、まったく別の音色を奏でる。冬路にとってはその曲風もスキルアップも全くもって意味をなさない。唯一無二の関心要素は彼女、森下真未の評価だったから。

 「分かんないけど、高校ではやらないと思う」

 置かれたフルートがコンクリートを転がって止まった。少しだけ陰った空を見つめる冬路を見て、ため息をついた。


 「最後にするとか決めたわけじゃないけど、明日香に聞いて欲しかったんだ」


 その言葉をつい嬉しく思いながら、苦笑した。


 「私が冬路を好きだったの、知ってたでしょう?」
 「・・・ありがとう」

 二人で空を見上げながら言った言葉は照れくさくて、スカッとした。
 明るい太陽はないけど、爽やかな青空。ショートケーキのイチゴを食べた後の爽快感に似てると思った。酸っぱくて顔をしかめるのに、そのイチゴは何だか特別に感じる。


 「・・・俺が森下さん好きだったのも知ってたの?」
 「そのためにフルート吹いてるのもお見通し。腐れ縁なめんなよ」


 今更慌てたように身を乗り出す冬路に余裕かまして自慢にもならないことをえばってみせた。

















 苺がすき。そう言っておきながら私は苺をよく知らない。大事に育った真っ赤な苺。小さくて酸味の強いものも、大きくて甘いものも、それぞれに皆いいのに。
 優しい彼を好きだったのに、憧れていたのに、それにあぐらをかいた私は彼をよく知ろうともしなかった。




 音楽室。私はベランダでフルートを吹きながらも室内の様子に神経を走らせていた。ちょうどそこには高村君が鈴木さん達と楽しくお喋りをしていて、私はその何気ない会話の内容を一字一句聞き漏らさないように休憩を装ってフルートを止める。


 「マジで?じゃあ夏樹とミヤって付き合ってないの?」
 「マジ。幼なじみだからさ、夏樹にしたら兄弟みたいなもんじゃね?」
 「あー夏樹も鈍いしミヤも男前だからなぁ」
 「本当。俺より男前で困る」


 芝居がかって大げさに溜息をつき落ち込んでみせる高村君に一同は手を叩いて喜んだ。

 「あはは。そりゃそうだ!だいたい全速力の自転車に余裕で後ろ向きで座ったりね」
 「スカートの下にジャージはく理由がよく分かった」


 “ミヤ”というのは、彼の幼なじみの姫宮明日香の愛称だった。最近彼女と彼の兄弟の夏樹君が仲良く自転車の二人乗りで登校してくるようで実は彼等が付き合い始めたのではないか、と噂になっていたのだ。最も本人たちはそんなことを気にする様子はこれっぽっちもないらしい。


 「でもミヤさ、最近女の子って気がしてきた!」
 「分かる!なんかたまにそんな雰囲気あるし」


 何とも無い会話を背に半分安心しながら不安を残し私はそこに混じらずじっと耳を澄ませていた。


 「あれって夏樹の影響だと思ってたんだけどなぁ」
 鈴木さんが再びニヤリと高村君を見て「本当は付き合ってんじゃないの?」と期待を込めた目を隠せない。


 「ないと思うなぁ」おどけてみせた高村君が「今の夏樹じゃ明日香に太刀打ち出来ねぇよ」と笑いをとる。何気ない風に室内を振り返って高村君を見つめた。特に変わった様子もなく、楽しそうに会話を続けている。気付かれないうちに視線を外し、ため息をつきながらベランダの手すりに体重を預けた。向き直って頬杖をつきながら校庭を見ると部活動中の生徒達が練習に精を出している。試験期間が終わったため、久々に体を動かせるのが嬉しくてたまらないみたいに。


 よく見ると噂の的の夏樹君も友人とふざけあいながらトラックを回っていた。その姿を見て彼はきっととても自分に正直でそれをストレートに表情にも表わすんだろうと思った。友人や幼馴染の姫宮さんにはふざけてみたり優しさを見せたり素直に親愛を表現する。逆に全くの他人である私にはそんなものは微塵も見せなくて他人に見つめられた嫌悪からかゾッとする程の冷たい顔を見せた。



 高村君は違う。同じ顔してポーカーフェイス。いつでも賑わう輪の中に入れるのに、ふいに何のためらいも無くそこを抜け出す。入部当初一人で小さく座っていた私に声をかけてくれたのは高村君だった。いつでも笑ってくれるから、その優しさに気付かなかった。不安なときも落ち込んだときも隣にいてくれたのは高村君だった。何をするでも無くそこにいてくれたことがどれだけ嬉しかったか。本当はフルートの練習に付き合うことはあの音色だけのためじゃなかった。フルートを吹くときのあの音色は高村君の感情だった。それなのに、大事なことに気付かなかったのは私だった。

 「森下さん、今いい?」

 驚いてはっとすると、高村君が隣にいた。いつもと何も変わらないままで。

 「…うん」
 「俺さ、吹奏楽部辞めるよ」

 その台詞はどこかで予想がついていただけに、重くのしかかって私は何も言えなかった。今の今まで私が高村君を注意深く見つめていたのは、このセリフを言わせないためだったのに。高村君を受け入れらなかった私は彼の音色は手放したくなかった。

 「すぐにってわけじゃないよ。発表会が終わってからにするし」

 黙って手すりを見つめる私を気遣うように付け加えた。

 「…それは、辞めるって…もう変わらないの?」
 「だってもうここにいる理由がないし」
 「え?」

 彼の言葉に顔を上げるとそこにいるのはいつもの高村君なのに、何か違う気がした。

 「やっぱり俺、フルートって別に好きじゃないしこれから頑張って皆みたいな演奏できると思わないんだ。それって、真面目にやってる人達に悪いし」
 「それでも私、高村君のフルート好きだよ」

 私がそれを言うのはズルイと思った。だけど、伝えずにはいられなかった。

 「俺も、森川さんに聞いてもらえて良かったと思う。ありがとう」


 高村君はズルイ。そんなこというから、そうやってズルイ私を責めもしないで笑うから、私は我武者羅に彼を止めることも出来ない。決まってしまった決定事項でさえも泣き喚きでもしたら、考え直してくれるかもしれないなんて考えもキレイに消えていく。だけど、彼をそうしてズルイと思う私は勝手だ。

 「だから止めないでよ」


 その笑顔に、一点の曇りを見つけてしまったから、私はもう今度こそ何も言えなくなる。
 彼には言葉に出来ないほどのたくさんのものをもらった。私は高村冬路を好きだ。だけど、それは彼の望む形とは違う。それだけのことが、ひどく悔しくて切ない。



 定期発表会の後、高村君はあっさりと吹奏楽部を後にした。高村君のいなくなった部内はなんだか妙な違和感があって、それがより一層高村君の大きさを実感させられた。部活動の終わった音楽室で一人陰っていく街並を見つめながらフルートを吹くと感傷的な気分になった。


 「やっぱ森下さんのフルートは上手いなぁ。聴いてて安心する」