ゆきだるまさんのおはなし
翌朝。
ランドセルを背負ってあいちゃんが家から出てきた。僕の前で足を止める。
「ゆきだるまさん……今日、かえってきたら、また体作ってあげるからね」
うん。ありがとう。あいちゃんは優しいね。
と、そこへ、もうひとつの足音が近づいてきた。家じゃない、道のほうからだ。この足音はけんたくんだ。
「ゆきだるま、こわれちゃったな」
僕の姿を眺めながらけんたくんがそう言うと、あいちゃんが声を荒げた。
「あんたがこわしたんじゃない!」
けんたくんは、意外にも言い返さない。
「……ごめんな」
あれっ?
「せっかく、あいが作ったのにな。あとでまた一緒にゆきだるま作ろうぜ」
ああ、やっぱりけんたくんは、あいちゃんのことが……いや、なんでもない。無粋なことを言ってしまうところだった。口がなくてよかった。
「でも……あいは、このゆきだるまさんがいいの」
「じゃあ、このゆきだるま、一緒になおそう」
「……うん……」
「おれのじいちゃん、ゆきだるま名人なんだ! こわれにくい作り方おそわってくる」
「……じゃあ、あいも、あとでおかあさんとそうだんしてみる!」
おやおや。なんだか楽しそうじゃないか。
あいちゃんとけんたくんは、崩れたままの僕に手を振り、二人で学校へと歩いて行った。
ふたりとも、ありがとう。僕はとっても幸せな雪だるまだね。
でも、……あいちゃんは賢い子だから、本当はもう気付いているだろう?
辺りを見回してみれば、もう残っている雪は本当に少ない。もう何日も新しい雪は降っていなくて、日差しの差す日が多くなってきている。雪だるまをつくる名人というけんたくんのおじいちゃんでも、これから僕の体を完璧に直すのは難しいだろう。
もうすぐ、冬が終わるんだ。
「あい、雪もっともってこいよ!」
「もうないよ……」
「じゃあ氷もってこい」
「いまれいとうこでつくってるところだよ! 日傘さしたらどうかな?」
「くそー、なんで今日こんなにあついんだよっ」
二人が、必死で、僕の体を守ってくれている。
体から落ちた頭はどうにか元の位置に戻った。でも、耳がもうすぐなくなってしまう。目も顔の中に深く埋め込まれているけれど、その顔のかたちがもはや原型をとどめていない。二人の小さな手の体温でさえ、僕から冷たさをうばっていく。
「ゆきだるまさん、きえないで」
あいちゃんは目に涙をいっぱい浮かべている。
「あいと一緒にお話してよ。けんたくんとも、……」
あいちゃんの声が、聞こえなくなっていく。
二人が何か言っているけれど、僕にはもう、わからない。
あっ、と二人の口が動いた。同時に、地面が僕の目の前にせまってくる。
木炭の目も、バケツの帽子も、地面を転がっていったのがわかった。
真っ暗闇のなかで……唯一ふたりの手の中に残った、顔のかけらが、僕の肌が、とけ切るまでの数秒間、かすかに温もりを感じていた。
作品名:ゆきだるまさんのおはなし 作家名:亜梨