そして、境界線
「…まぁ、今更中止とか無理デショ。須賀さんとかスケジュール合わせるの大変だったんだし」
そう呟けば耳ざとく拾ったらしい先輩が「ありがとう」と言わんばかりの顔をする。
今回、セッティングしてくれと言ってきたのは実の話、先輩の方からだった。俺と同じ建築学部3年の須賀さんに気があるらしい彼に頼まれ、更に人文学部3年の佐崎さんが気になってるらしい俺の後輩にせがまれ、だ。学部が違う為に知りあう機会が無いと言われてしまえば確かに、今回だけはと引受けたんだけど。
「でも先輩、建部のマドンナって本気ですか?」
「本気だっつうの。ってか、寧ろ俺はマドンナのメルアド知ってるお前の方が恐ぇよ」
それは姉貴のスペースで売り子した時に偶然出会ったんです、とは言わないけれど。まぁつまりはそんな裏でのお付き合いならありますよとは本気で落とそうと算段中の先輩には聞かせられない話だった。
「それに、お前が人文のニューヒロインが気になってるなんて初耳だったぞ。宇宮狙いは多いからなぁ」
ニューヒロイン、って呼ばれているのは初めて知りました。小さく呟いておく。
宇宮、は俺と同じ2年で人文学部。1年の時に授業でクラスが一緒になった時からの友人でもあり、何だかんだと気付いたらトーンの貼り方で熱い論争を繰り広げた事のある仲だったりするけれど、まぁ言えない。佐崎さんに至っては、原稿の締め切り直前の姿を見せてもらった程の深い仲だと…言える訳も無かった。
世界は狭い。彼女たちのメルアド所かケー番を知っている理由が、その狭くてディープな世界の所為だとは、知らない先輩には恐らく理解出来ないだろう。もっとも、理解出来れば先輩が過去の女性たちに振られずに済んだかは別の話になる。
「…先輩が好きになる人って、腐女子ばっかり…」
「ん?婦女子がどうした?」
知らない儘でイイんじゃないですか。心の中で合掌した。